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妙齢の女性が品川駅で盛大にうんちを漏らした話💩〜後編〜

さて私、💩漏らしたままじゃ大変なので、続きを綴っております。
この記事は続編です。
最初からお読みくださる方は冒頭のリンクの記事の後にお読みください。

肛門決壊からその後、、

尻から止めどなく大量に出てくる💩💩💩
生暖かい固体とも液体とも判別しがたい物質が、尻周辺に広がる。
記憶に残るうん漏れは今までになかった。つまりおむつ卒業以降、記憶の限りではうん漏れはしていない。(小さい方は黒歴史があるが、それはまた別の機会に語りたい)

当時32歳。
もし32年前なら泣けば尻を拭いて綺麗にしてもらえたのになぁ、、、と、呑気に考えつつ、なるべく漏れた💩が下に落ちないよう、重力の影響がないよう、変な歩き方で、志半ばで力尽き辿り着けなかったゴール(トイレ)に向かう。
人間、案外二度と戻れない境界を越えると落ち着くものだ。ところが、
げ、、、女子トイレ長蛇の列。
ふと横を見ると多目的トイレが空いている。
必要な人が使うために、基本的には入らないことにしていたが、、今の私は「必要な人」であると断言できる。
迷わず入ってドアを閉める。

ふぅ〜、、、、、まずは誰にも見られない場所へいけた安堵で長いため息をついた。

さて、冷静に状況確認だ。

ひとまずオムツ交換台にバッグやコートを置く。

大便器に尻を向け、ゆっくりタイツとパンツを下ろした。

あちゃーー、、、ゆっくり下ろしたつもりだが大量に漏れたため足全体やら周囲がうんち塗れになり、靴まで汚れた。
さあどうする?!
とりあえずトイレットペーパーで取れるだけ取り、汚れた体や周囲を拭けるだけ拭き、便器に流すという作業をしまくった。続いてオストメイトトイレで汚れたパンツとタイツを洗う。出来るだけ綺麗にしてからビニール袋にいれてサニタリーボックスに入れた。掃除の方になるべく迷惑はかけたくない。
続いて、尻を、濡らしたトイレットペーパーで拭いて行く。とにかく酷い汚れだ。スカート捲り上げる手に疲労感が漂い、捲ったスカートを結んだ。まぁ何とも情け無い格好をしている時にいきなり

ウィーン♪ 

と音を立ててトイレの扉が開いた。
えっ!ちょっ!待てやー!!何で?!
慌てて情け無い格好のまま閉めに行く。
幸いこのタイミングでは誰かに目撃されずに済んだ。神よ!
よく見ると事故防止のために30分で一旦開くらしい記載がある。にしても、ひとこと言えや!!ってか30分も私はここにいたのか!!その間必要な人が居なかったことを心から願う。
ん?30分?ヤバい会社遅刻だ、、、
情け無い格好のまま慌ててスケジュールを確認する。
会議やアポイントは無し。今日はもう休もうと決め、情け無い格好のまま上司に
「体調不良で休みます」
と連絡を入れた。嘘はついていない。
体調不良だったから漏らしたのだ。
会社に連絡をした際に携帯をみたら夫から「大丈夫か?」という趣旨のメールが来ていた。
「ちょっと具合悪くなっただけ。もう大丈夫」
と情け無い格好のままメールをした。
こんな時、本来ありがたいはずの「心配してくれる人」がいる、というのが煩わしい。

全ての処理が終わり個室全体を見渡し汚した箇所がないことを確認し、私は個室を後にした。

さて、問題が2つある。

一つは今ノーパンであること。
もう一つはおそらくだが私は今かなりの異臭を発しているだろうこと。

この後者の問題があることで、パンツの新規調達の難易度がかなり高くなるのだ。

キオスクやコンビニに行けばパンツは買うことが可能だが、この異臭を纏いながらレジに行けば店員から
「あー、この人漏らしちゃったんだな」
というのがバレてしまう。

迷った末に私はノーパンで帰る道を選択した。
ノーパンで帰る、これは小学生の頃、1時間目が水泳の授業で自宅から水着を着て行き、パンツを忘れたあの日以来だ。

来た道を戻る。
「私は今日小一時間かけて、うんちを漏らしに都心まではるばる来たんだなぁ、、、」
途中ホームレスらしき男性が乗車していた。
皆は何となく彼から一定の距離を空けて乗車していたが、私はあえて比較的近い位置にいた。
自分の発する異臭を彼のせいにするためだ。
出来るなら、、彼と最寄り駅まで共に行きたい。
が、そんな幸運はなく、、私が乗り換える駅でもなお彼は乗車しつづけた。

ごめんね、おっちゃん。
ありがとう、おっちゃん。

都心とは逆方向のため、比較的電車はどこも空いている。私はなるべくその場に留まるのはやめて車内を歩きつつ過ごして、何とか自宅最寄り駅に着いた。

12月並の気温と冷たい雨の中、ノーパンの寒さも全く感覚がない。何とか自宅に帰って来た。汚れた衣類や靴は全て処分した。
シャワーを浴びて全身綺麗になってようやく落ち着きを取り戻した。

うんちを漏らした経験

あれから約10年の時が流れた。
もしかしたら、コレを読んでいただいている方の中には似たような経験をした方もいらっしゃるかも知れない。今は辛いと思う。その瞬間は地球爆発しろと思うかも知れないし、地べたを這い回るゴキブリに変身したいと願ってしまったかも知れない。だが、今自信を持って言えるのは、人として尊厳を失った経験は、今の私の糧となっているということだ。だから大丈夫!

なぜなら、、、

他人に対して信じられないくらい寛容になれた。

例えば、電車降車時にグイグイ押してくる人
→きっとうんち漏れそうなんだなぁ、仕方ない
例えば、煽り運転する人
→きっとうんち漏れそうなんだなぁ、仕方ない
例えば、異臭を放つ人
→きっとうんち漏らしたんだろうなぁ、仕方ない
例えば、道端で嘔吐する人
→トイレ間に合わなかったんだなぁ、仕方ない
例えば、なかなかオムツが取れない子ども
→大人でも漏らすから仕方ない
例えば、排泄の失敗をする高齢者
→若くても漏らすから仕方ない

兎にも角にも、今まで許せなかったり、生理的に受け付けなかったりした、急いでいそう故に強引な人や、他人の排泄にまつわる失敗、排泄に関係のない失敗までもに、めちゃくちゃ寛容になった。
人生観が変わったって言ってもいいくらいだ。

将来自分の親や義父母、果ては夫の下の世話もきっと出来る。

排泄の失敗というのは長い目で見れば誰もがいつかはどこかで経験するのかも知れない。
人は支え合い、許しあいながら生きる。
ある方がTwitterで発言されていたが、
「うんちを漏らした経験のある上司は素晴らしい」という趣旨のツイートは、真実でしかないと思う。

人としての尊厳を失いかけた経験は、人生を豊かにする。だから今奇しくも肛門括約筋が腸管収縮に敗北し、悲しみと絶望の渦中にいるあなたも、いつか必ず前を向ける時がくる。

だから、大丈夫!

前を向いて、共に生きよう!

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