『廃棄された場所ともうひとつの世界』

 話は、ふたりの「ケヴィン」からはじまります。ひとりは、著作『都市のイメージ』『廃棄の文化誌』にて1960年代に注目された都市計画家のケヴィン・リンチです。もうひとりは、伝説の雑誌『Whole Earth Catalog』元編集者で、雑誌『WIRED』初代編集長のケヴィン・ケリーです。
 「建築・都市設計」の基板は新たなフェーズに移行しています。Googleなどのテック企業は、都市を「街ごと」買い上げして、都市デザインの実験をしています。(Google関連会社のサイドウォーク・ラボはカナダのトロント・ウォーターフロント地区で都市開発をはじめている。)地球規模で資源と資本のバランスが極まり飽和状態となったいま、インターネット誕生以降の価値変動が、現実の都市空間にも大きな影響を与え、都市計画のもつ意義も少しずつ変革し始めています。そんな時代において「廃墟となった空間で見る夢」を想起して話をしていきたいと思います。
 ケヴィン・リンチの『廃棄の文化誌』。この本のプロローグは、2つのディストピアを描いたフィクションからはじまります。それらの「ディストピア世界」を下敷きにして、リンチは「廃棄された場所は絶望の場所であるが、多くの魅力がある場所でもある。また、様々な管理から解放され、自由な行動と空想を求める豊かさがある。」と述べています。加えて「新しい物・新しい宗教・産まれたての弱いものを保護する場所でもある。それは夢を実現させる反社会的行為の場所で、探検と成長の場所である。」と、かなり大胆な視点を提示しました。我々がまだ見たことが無い新しい景色をつくり上げる為にも、建築家や都市計画家はそんなディストピアの世界でこそ、計画図を描き実行する必要があると、リンチは我々にメッセージを送ったのです。廃棄された空間こそ創造的な場所であり、流動的な都市空間の中で最も重要なトポスなのです。
 ケヴィン・ケリーは、今年『WIRED』の中で「ミラーワールド」というキーワードを提示しました。リアルワールドとその映し鏡の世界が統合される空間の重要性を述べています。デジタルツインという、現実の情報をスキャニングして構築された世界とリアルワールドの交差点に「ミラーワールド」は立ち現れると言います。インターネット誕生以前のものづくりは、ブロックを積み上げるLEGO的な創造域を出発点としていました。そのためテクノロジーはその延長にあり補完する術でしかありませんでした。しかし現在は、Minecraftの様にリアルワールドの外側に無限に広がるオープンワールドの中で「重力」にも「質量」にもに捉われる事のない仮想ブロックを、どこまでも積み上げていく事で、もうひとつの世界を建設できます。世界で活躍する若き建築家達は、建築設計のツールとして、仮想現実の技術やゲームエンジンなどを積極的に使っています。またBIMなど現場管理のシステム構築にも取り組んでいます。建築保存の分野においてもlidarやPhotogrammetryなどの技術を使い、これまでの建築保存とは違う保存法を更新しています。しかし、これらの動向に反応を示している日本の建築関係者は一割にも満たない状況です。今や金融システムと同じ様に、建築や不動産の業界も巨大な怪物的な循環システムとなっています。そして、その循環システムの中で私たちは生きています。
 廃棄された場所(それはキタナイモノとして扱われた場)を起点に、我々アーティストは飽和状態のシステムから解放された新たな世界(それは高性能なグラフィックボードが描き出すオープンワールドや、現実世界をトレースし数値化して生まれたミラーワールドの様な世界)をレンダリングします。その世界はバグだらけの世界かもしれません。それでも、キタナイモノが社会のヒエラルキーの底辺にあるという意識を反転させた現実の鏡となる「もうひとつの世界」を我々アーティストはつくっていきます。

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