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ヘミングウェイの愛したコヒマル。|キューバ56日ひとり旅 #5

旅が1週間を過ぎたあたりから、すっかり曜日感覚がなくなってきた。

非日常的な時間と空間を過ごしているからということもあるが、通りで見かける連中に日々かわり映えがないことも大きいかもしれない。

みんな軒下や木陰に腰をおろして、おしゃべりしたり、スマホをいじったり、スピーカーから流れる音楽に体を揺らしたりしている。この人たちはいつ仕事をしているのだろうかと常々思う。

ふたつめの滞在地コヒマルは、『老人と海』の舞台となった海辺の小さな町。かつてアーネスト・ヘミングウェイの愛艇ピラール号もこの地の港につないであり、彼は幾度となく釣りに出かけた。

ヘミングウェイの姿を見ることはもうできないけれど、手漕ぎの小さな一人乗りボートから、10人くらいは乗れそうな船まで、太陽の光をがんがん浴びながら釣りをしている人たちをいつでも眺めることができる。

一度、船の発着や釣果を間近で見たいと思い、船の係留エリアに足を運んでみたことがあった。しかし、そこの区画は柵で囲まれており、門番もいる。看板には大きく「許可なきものは立入禁止」と記されており、あえなく断念した。

仕方がないのでそれからというものは、波止場で釣りをしている人たちの脇にいた。日本では最近釣りをする女性が増えているというが、この地で釣りをしているのは依然、爺さん、父さん、男の子。朝から、日が沈む8時過ぎくらいまで、男たちは飽きずに魚と向き合っている。

海や釣りを眺めているだけでもちゃんとお腹は空くもので、どこで何を食べるかを考えることは旅の楽しみのひとつでもある。

コヒマルで気に入ったのは、海沿いにあるレストラン・バー「ラ・テラサ」。ヘミングウェイもよく通ったというこの店の壁には、彼の写真はもちろん、釣り大会「ヘミングウェイカップ」に出場したときのフィデル・カストロの写真などが飾られている。

さすが海の町のレストランなだけあって、魚介のメニューは豊富。車エビとマカジキ、それにロブスターなどが入ったパエリアは絶品だ。価格も7CUC(=7米ドル)と手頃なのがうれしい。

ちなみにキューバから日本が輸入している品目で、金額ベースでいうと、1位が「葉巻たばこ」で、2位が「いせえび、その他のいせえび科のえび」なのだそうだ。キューバの海人たちが獲ったエビを日本人が食べているなんて考えたこともなかった。ちなみに3位は、コーヒー。ぼくらの嗜好の一部を少なからずこの国は満たしてくれている。

この小さな漁村もきっとその一端を担っているのだろう……。有料Wi-Fiの使える公園の木陰でダウンロードした、キューバに関する資料を読んでいると、旅で目にする光景の先に自国の姿がぼんやりと浮かんできた。

コヒマルはハバナの中心地から近い、プチ海水浴場と行った側面もあるらしく、ビーチは若者や家族連れで毎日賑わっている。おなかが風船のように膨らんだ、水着のお年寄りたちもちらほら見かける。

ビーチというと、サラサラの砂浜を想像するが、ここのビーチはゴッツゴツの岩場。サンゴが硬くなったような見た目で、鋭利な部分も多い。それでも地元の子どもたちは裸足で駆けている。いったいどんな足の皮をしているのだ……。

あるとき、海面から1メートル半ほど高くなった岩場から、繰り返し飛び込む少年4人組がいた。私がカメラを持っていることに気づくと、撮って撮ってという合図をして、笑顔で飛び込み続けた。

何度かシャッターを切った後、ひとりの男の子が「ビデオ、ビデオ」と動画撮影を求めてきた。今どきのキューバの子たちは、一眼で動画を撮れることも知っているのかと感心しつつ、グッドサインでリクエストに応じた。

どうやら少年らは、足からでなく、頭からきれいに飛び込むことにこだわっているらしい。飛び込んだ後は駆け寄ってきて、モニターを覗き込み、自分の飛び込む映像を真剣にチェックしていた。

またあるとき、夕陽を撮ろうと海沿いを歩いている私に、グラサンにタトゥーのヤンチャそうなアンチャンが英語で声をかけてきた。

アンチャンはバルベロ(理容師)で、自分の店を見せたかったらしい。そこは以前見たときに、オシャレなナイトクラブだなあと勝手に思っていたところだったので、美容室だと知って少し驚いた。

アンチャンは坊主になりたての私の頭を見て残念そうに「次コヒマルに来たときは、ココ・スタイルで髪を切ってね」と言って、お店のカードを渡してくれた。ココ(coco)はスペイン語で「ココナッツ」。ヤシの木がそこかしこに生えているこの地にぴったりの名前だ。

日陰、釣り、海水浴、美容室……。ヘミングウェイの愛したコヒマルは、観光地ではないし、これといったアトラクションもないけれど、海と生きるキューバ人たちを身近に感じられる。

滞在5日間のうち最後の2日間は体調を崩したためにあまりに外に出られなかったのが心残りだが、またいつかのんびりと訪れたいと思えるところだった。


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