見出し画像

バッサリバルベロ。|キューバ56日ひとり旅 #3

27年間の人生で常に避けてきたことを異国でついにやってみた。

キューバ滞在最初の地、ハバナではドミトリーに泊まっている。当初は民泊のCasa(カサ)への宿泊を検討していたが、キューバ放浪の情報収集を考えると、旅人が多く集うドミトリーのほうがよいと判断した。もちろんホテルは基本的に価格が高いから選択肢にない。

宿の名前は「Enzo’s Backpackers」。ドミトリー1泊6CUC(=6米ドル)という安さと、オーナーのEnzoやママが英語で親切に対応してくれるホスピタリティが魅力的だ。また、ハバナの旧市街や新市街、革命広場なども徒歩1時間圏内にあり、散歩好きのハブとしてももってこいの宿である。

ハバナに来てからの毎日は、四方八方を歩き回って、日が暮れる前に宿へ戻り、シャワーを浴びて、瓶ビールを片手に読書や翌日のプラン立てをする、といった感じだ。

現在サマータイムのハバナは20時くらいまでは十分明るく、また快晴続きなので、テンションも上向きになる。この素敵なルーチンがこのまま続いてしまうと、もう日本のマジメさには戻れない気さえする。しかし、そんなハッピーアワーの中に、どうしても一つだけ不快なことがあった。

それは、目や耳に覆いかぶさるほど伸び切った髪だ。歩いているときに風が吹いてくると瞳の中に入ってくるので、帽子で無理やり前髪を固定する。すると、今度は頭が汗をびっしり溜め込み、仕方なく帽子を取る。その繰り返し。

何より心地が悪いのは、シャワーの後だ。宿にはドライヤーがない。少しでも荷を軽くしたい私のザックの中にも、もちろん入っていない。タオルでできる限り拭いたあとは、自然乾燥に任せるしかないのだ。乾き切るまでの数時間、不快指数の上昇をなんとかビールでごまかしていた。

始まったばかりのひとり旅。この障害は早めに取り除かねばならない。こんなつまらないことに頭を抱えるのはよろしくない。よくよく考えてみると、街ですれ違うキューバの男性はみな短髪じゃないか。この国により馴染むという意味でもバッサリいこう……。

心を決めた翌朝、スペイン語辞典で「散髪」「短い」「長い」といった類の単語を調べ、使えそうな用例とカタカナの発音を手帳に書き記した。あとは街で床屋を探すだけ。せっかくなので、それまで足を踏み入れていないヴェダード地区に行くことにした。

ヴェダードは、他都市へ移動するための高速バス、Viazul(ビアスール)の駅がハバナで唯一ある地区で、観光スポットも多く、発展している。

駅の正面には大きな動物園があり、散髪前に立ち寄ることにした。サル、チンパンジー、シマウマ、ダチョウ、フラミンゴ、ワシ、バッファロー、クマなど種類についてはそこそこ充実していたが、いずれもカリブの強い日差しにやる気が失せており、日陰で体を小さくしていた。

一方、地元のお客たちは大変元気で、禁止されているにもかかわらず、手に持ったスナック菓子を次々に檻の中へ放り込んでいる。また、園内にはゴーカートやミニ観覧車などのアトラクションが豊富で、子ども連れの家族で賑わっていた。外国人観光客にとってここは、動物を見るよりも、キューバ人たちを観察するほうが楽しめるだろう。

そんな動物園なのか、“人間園”なのかを分からない場所をあとにして、目的の床屋探しを始めた。オフラインで使えるスマホ地図アプリで調べて、付近の床屋を何軒か回ってみたが、日曜日のせいか閉まっていたり、明らかに床屋じゃない建物だったりして、あきらめモードに突入した。

ランチがてら一旦レストランで休憩。もちろん締めはビール。一応この近くに散髪してもらえるところがないかを店員に尋ねてみたが、申し訳なさそうに「ない」と言われた。

今夜も不快タイムが待っているのか……。そう肩を落としていた矢先、なんとレストランのある一角を曲がって50メートルほど歩いたところに、小さな床屋を発見。なんだ、こんな近くにあるじゃないか!あの店員め、適当にあしらいやがったのか……。

レストランに戻って文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、もしかしたら、観光客に勧める場所ではないと判断したのかもしれないと前向きに考え直し、前に進むことにした。

ようやく出会った床屋さん。興奮で少し舞い上がってしまい、気持ちを落ち着かせるために一旦興味のないふりをして通り過ぎ、それから回れ右をして引き返し、ゆっくりと店に入った。

店に入ったと言っても、半地下のガレージのような空間で、扉はなく、敷居をまたいだけ。席は一つのみ。坊主の若い兄ちゃんが、ちょうどお客から代金を受け取っているところだった。

スタッフは他におらず、どうやらこの兄ちゃんが一人で切り盛りしているらしい。兄ちゃんと目が合うと、私はすぐさま覚えたてのカタコトのエスパニョールで「髪を切ってほしい」旨を伝えた。

もしかしたら面倒くさがって断られるかもしれない、とあらかじめ覚悟をしていたが、即座に笑顔で「OK」。素直にうれしかった。先約の一人を10分も経たずに終わらせると、席に着くよう促してくれた。

理容師の彼は、意外にも、かなりのカタコトだが英語をしゃべることができ、どんな髪型にしたいかを訊いてきた。すでに心の中でリクエストは決まっていた。

「君の髪型がかっこいい。同じようにしてくれ」。

そう言うと、兄ちゃんはキリッとした目を大きく開け、ワオと声をあげ笑った。こんなに長く伸ばしている髪を一気に刈り上げるなんて驚かせてごめんね、と苦笑いして、右手のグッドサインで答える。

兄ちゃんは念のため、サイドを剃って、トップをある程度残すこともできるよ、と別プランも示してくれたけれど、君と同じスタイルがいいんだともう一度言うと、右手でグッドと返してくれた。

客のリクエストが決まれば、あとは職人にお任せ。兄ちゃんはまず、『ベイビー・ドライバー』の主人公みたく、スピーカーにつないだ自分のスマホでエレクトロでエスパニョールなプレイリストを流し、道具を整え始めた。準備を終えると、バリカンを私に見せ、「やっちゃうよ?」という表情をする。

アクセル全開。彼は歌いながら、鬱蒼とした髪をためらいなく落としていく。細かい部分は、カミソリで優しく仕上げてくれた。当初は、軽く血を流すことも覚悟していたけれど、リズムに乗った手さばきは見事で心地よい。キューバの若者に流行っているスタイルなのか、サイド部分は上から下にかけて徐々に短くなるグラデーションのアレンジも加えてくれた。

24歳のこの兄ちゃんは、奥さんがいて、すでに子どもも3人いる。若くして自分の店を持ち、しかもちゃんと繁盛させているようだ。私の散髪の間に3人の来客があったし、予約を入れる人もいた。一家の大黒柱として生き生きと仕事している彼は格好よかった。

私は一気に軽くなった頭に爽快感を覚え、感謝の言葉とともに「あなたは、最高のバルベリアだ」と伝えた。すると、兄ちゃんは、「ありがとう」と言ったあと、「バルベリア(理容室)じゃなくて、バルベロ(理容師)ね。ちなみに女性の場合は、バルベラ」と最後は簡単なスペイン語レッスンで締め、私は次の客に席を譲った。

宿までは40分かかるが、これまでにない足取りの軽さだった。頭が軽く、そして風通しがよい。髪を切ってこんなにウキウキしたのは初めてかもしれない。

そして、なんと実はこれが記念すべき坊主デビューなのだ。自分の広いデコをさらす丸刈りは常に避けてきた。高校の空手部主将だったときでさえやったことのない。まさかキューバで、こんなタイミングで坊主頭にするとは。いやきっと、キューバの風がそうさせてくれたんだ。

新たな自分の姿を見せてくれたキューバに今日もサルー(乾杯)!

(セルフィーで表情をつくるのは苦手だ……)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?