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【ゆのたび。】 01:新潟 湯田温泉 ~山間の渋いお宿の湯~
私は天邪鬼な質である。たくさんの人々が「良い」、「素晴らしい」と言っていると、どうにもその意見の流れへ簡単に乗りたくはなくなってしまう。
世の中の人が名湯だともてはやす温泉は、すべからく名湯だ。そうでないなら人気が出ない。草津も有馬も、人気になるだけの素晴らしい温泉地である。
しかしなぁ、やはりというか、温泉とは人の少ない少々ひなびたくらいが風情もあってちょうどよい。
そうだ、ただ単に私の好みがそういうものなだけである。
街の喧騒から離れることが、温泉の魅力の一つなのだから。
湯田温泉 リバーサイドゆのしま
新潟県、十日町地域の山間を縫うように敷かれた道路を車で走っていると、少しだけ辺りが開け小さな集落が見えてくる。その道路のわきにポツンとあるのが湯田温泉だ。
看板は小さく、簡単に通り過ぎることができてしまうほどに宣伝効果はつつましやかだ。近くに掲げられているのぼり旗と看板に描かれた温泉マークが目に入ればようやくハッと、温泉のありかに気づく。宿は茶色い木造の建物で、田舎にどこにでもある見た目をしている。
私は別に、初めからこの温泉に入ろうと考えていたわけではなかった。偶然に見かけたからである。
そもそもこの辺りを訪れていた理由は、たまたま訪れた時期に『大地の芸術祭』という、この地域一帯で3年に1回開催されるアートの祭典をやっていたからだ。
越後妻有と呼ばれる中山間地域のいたるところに世界中のアーティストが集まり、多くのアート作品を展示している。見どころも見ごたえも満載なこの祭典だが、エリアが広大なために移動には車が必須だ。
アート作品を見終えて、ひとまずそろそろ帰ろうかと考えながら道路を走っていた私だったが、山間の道路は細く、うねり、アップダウンを繰り返す。はたしてこの道で合っているのか、少し不安になりかけていたときにこの温泉宿を見つけたのだ。
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ほう、こんなところに温泉があったのか。
この近くには松之山温泉という有名な温泉地がある。
松之山温泉は草津、有馬と並び日本三大薬湯の一つとされる新潟屈指の名湯だ。濃い塩分と温泉成分と特有の石油臭を持つ湯は、約1200万年前の化石海水が地圧で熱せられ湧出したものであり、ジオプレッシャー型の温泉と呼ばれている。
ともかく、近くに名の知れた温泉地があるだけに、他の温泉についてあまり調べていなかったわけだ。なのでこの出会いは少々の驚きだったわけである。
辺りを見渡してみる。温泉街が形成されている様子はなく、どうやら一軒宿のようだ。
ふむ、一軒宿か……なんとも魅力的な響きだ。隠れ家的な雰囲気がなんとも最高だ。たくさんのお宿が立ち並ぶ温泉街は風情がある。だが一軒宿もまた、それとは異なる良さがある。
さっそく自動ドアをくぐって入店してみる。しかしどうしてことか、中には人の気配がない。これが隠れ宿だからだろうか。だがそれにしたって、受付の人もいないのは不安になる。もしかして、今日は定休日とかだったか?
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入湯料は中学生以上で500円。値段は普通。
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そしてまさかの支払いシステムだった。箱が受付に置かれていて、そこにセルフでお金を入れていくシステムだ。おつりが必要な場合は、箱の中から自分で取る。
この、田舎らしいおおざっぱさがたまらない。防犯的にどうなのか、と考えてしまうのは私の心が擦れてしまったからなのか。
悪いことをする奴なんていない。人々の良識で成り立っている感じがとても見ていて嬉しくなってしまう。
さて、湯だ。湯に入らねば。人のいない室内を、なぜか足音を立てないように抜き足差し足をしながら浴室へと向かう。
こうも静かだと、足音でこの静けさを壊してしまうのはどうにも忍びない。
そしてもしかしたらいるかもしれない誰かに、自分の存在を気取られたくなくなってしまうのが私のいたずら心である。
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木製の棚の更衣室で衣服を脱ぎ、浴室へ。
客はやはり、私一人だけだった。
まさかの泉質にびっくり!
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浴室には浴槽が一つ。木張りの浴槽で、絶え間なく注がれている湯が縁からあふれている。
身体を流して湯に体を沈める。誰もいないから、大胆に波を立ててみてもオッケーだ。
入ってみると、すぐに皮膚がぬるぬるしてくる!
なんと、ここは俗にいう美人の湯の温泉だったのか!
ぬるぬるは温泉の成分により皮膚の古い角質が溶け出すことで生まれる。
つまり、ぬるぬる体がしているということはそれだけ私の体が汚れているとも言えるのだが……それはともかくとして、とても楽しい! このタイプの温泉は明確に湯の効能が実感できるから入っていて楽しいのだ。
湯の温度も熱すぎず、長湯できそうな適温だ。誰もいないから、両手両足をいっぱいに湯船に広げて首まで浸かることができる。
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さて、どうやら隣には露天風呂もあるらしい。
温泉に露天風呂があると、それだけで一つ好感度が上がってしまうのは私だけだろうか。ウキウキに外へと向かう。
露天風呂は室内のそれとは打って変わって石造りの湯船だ。
こじんまりとしていて、大人三人くらいが入れるくらいの大きさだ。
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そして、この解放感!
風呂側は板一枚だけで隠されているだけ。立っていれば自身をすべて公開できてしまいそうだ。田園風景が手の届きそうな距離感で視界いっぱいに広がっていて、まるで田舎の親戚の家の、やたら開放感のある風呂にいるかのような感覚だ。
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温泉の色が外だとよく分かる。濁りの無い透明な湯で、ろ過をしているかどうかは分からないが、湯花も無い。
外の外気に触れているので少しだけ湯の温度が下がっているが、それがまた良い。長風呂ができてしまう魔性さがにじんでいる。
適温に、肌のぬるぬるの感触。心地よさが体全体を包み込んでくれる。
これは、いつまでも入っていられてしまいそうだ……。
結局、私が湯から出て服を着ても、他の客が一人としてやって来ることはなかった。上質な湯を、図らずも独り占めできたことに私はホクホクとした充実感があった。
建物を出ようとすると、奥の方から一人の男性が出てくるのが見えた。
どうやらこの宿の従業員さんのようだ。
私と目があると、ありがとうございましたと言って頭を下げてくれた。
私も思わず、「ありがとうございました」と返す。
なんだか、ちょっといたずらが失敗したかのような気分だ。
どうせなら誰にも見つからずに帰ってみたくあった。さながら潜入に失敗したスパイの気分である。
ともかく、偶然であるが思わぬ良い湯に出会えた。
山間にある、渋いお宿の美人の湯。
どこかお忍び感もあって、宿泊でもしてみたら、また素敵なのかもしれない。
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