【ゆのたび。】 15:奥只見銀山平 かもしかの湯 ~アウトドアに疲れたらここの湯へ突っ込む!~
奥只見湖は新潟県と福島県の県境にあるダム湖だ。
人里離れたこの地は自然が豊かに保たれていて、季節を通じて様々に美しい景観を見せてくれる。
特に秋、紅葉の時期は全国的にも有名だ。ダム湖を彩るカラフルに色づいた紅葉の木々は、湖面の青さや岩肌の白さと相まってとても目に映える。
また、夏の時期も青々とした木々の瑞々しさが素晴らしい。生命の息吹を感じる森に、雄大な地形に水を湛えた湖は避暑地としてもなかなかのものだ。
湖面遊びができる場所もあるし、近くではキャンプもできる。
夏のレジャースポットとしても良い場所である。
奥只見湖でカヤックをひとしきりに楽しんだ私は、汗で汚れた体を温泉で洗い流したいと考えていた。
カヤックやカヌーは良い。フェリーなどにも思うことだが、水面を移動する行為は旅の中でも特に旅らしいものに思える。
しかし、今の時期のカヤックは、暑い。水面には影がなく、日光から逃れられる場所がないからだ。
夏の直射を浴び続ける湖面上は、水に囲まれているにも関わらず灼熱だ。
しかもパドルを漕ぐ動作をし続けるため、有酸素運動をする体は熱を生み出し、汗を噴き出させる。
夏は水遊びに最適な時期ではあるけれど、涼を求めることが根底にある気がする夏の水遊びで暑さに辟易してしまってはどこか本末転倒だ。
しかもこの日は全国的にも大変なくらいの猛暑日で、日が陰っても気温は高く、湿度も高くて蒸し暑かった。
汗でまみれた体を、何時間も湖面上でパドルを漕ぎ続けた体を、私はすぐにでも洗い流してしまいたい。
そんな私の願いを叶えてくれるかのように、すぐ近くに温泉がある。
ああ、なんて親切なんだ。
私は感謝をしつつ、駐車場に車を停める。
銀山平キャンプ場に併設された、『かもしかの湯』で、汚れと疲れを洗い流させてもらおう。
今日も湯を求めて、である。
銀山平キャンプ場 かもしかの湯
実はここでキャンプもしようと考えていた。
せっかくだし、夏のレジャーをひとまとめに楽しませてもらおうと思っていたのだ。
しかし、奥只見湖に到着して私はすぐにそれを諦める。
何故か。
アブがいっぱいいすぎる!
いや分かっていた。この時期だ、森が近いところならアブやら蚊やらハチやら、人を嫌がらせる虫たちがたくさん元気に飛んでいる。
だが私の予想を現実は飛び越えてしまっていて。
私が車から外に出て、ちょっとその場に立っているとすぐに、アブがブンブンとは音を立てて近づいてくるのである。
車の中に逃げ込めば、車のボディにカンカンと何か固いものが当たる音が……アブが車に体当たりをしている音だ。
それも複数。結構な数だ。
キャンプに虫は付きものだ。完全に除去はできない。
しかし、だからといって耐え忍びながらキャンプをするというのも違う。
せっかくのキャンプは楽しまないと損である。
そういうわけで、キャンパーとしての鍛錬の足らない私はあっさりとキャンプを辞めることにして、日帰り入浴でこのキャンプ場を訪れることにしたわけだ。
「すいません、温泉を大人1人日帰りで」
「ああどうぞ」
受付のスタッフのお兄さんにお金を支払う。
料金は大人600円。
キャンプをする人は500円で入浴できるそうだ。
料金を払って建物の中へ。
中は休憩スペースになっていて、いくつかの椅子と机、それに冷水器があって水が飲み放題だ。
カップ麺やちょっとした登山記念のグッズも売られていて、キャンパー達も欲しくなるものがいくつか並べられている。
さて、この建物の中には温泉はない。奥へと進んでいったん建物を出て、そこから少し離れたところに建つ別の建物が温泉だ。
森のそばにポツンと立つちょっとさびれた建物の風貌に、かすれた『かもしかの湯』の文字の看板。
ここが『かもしかの湯』である。
いいね、雰囲気とはこういうものから醸されるものだ。新品でピカピカの建物ではこうはいかない。
大きなスライドドアの先に浴室がつながっている。
さあ、アブや蚊が近寄ってくる前に中へと入らせてもらおう。
透明な湯に浸かって思わず声を漏らす
脱衣場はとても簡素な造りだ。腰掛用の長椅子に、かごがいくつか置かれた棚に洗面台、その横にドライヤー。扇風機もない。
個人的にはドライヤーがあるだけでプラスの評価だ。ない所だって珍しくない。
先客が2人いたが、私が入ってきたことに気付いてかいそいそと出て行った。
分かる、分かるよその気持ち。
せっかく気の知れた人と空間を独占していたのに、そこに不意に知らない人が入って来た時のあの、なんともいえない気まずいやつ。
気安い気持ちで言葉を交わしていたのに、なんとなく口をつぐまないといけない気持ちになる感覚。あの妙な沈黙は心地が悪いよね。
いや失礼。邪魔をしてしまった。でも、温泉はみんなの場所だから許していただきたい。
そして、彼らが出て行ったことで誰もいなくなった温泉で今度は私がゆっくりと楽しませてもらうのである。
浴槽はうちの1つだけ露天は無い。
上の方に窓はあるが、景色を眺められるようなものではない。
本当にお湯だけを楽しむ、というような湯だ。
まあここはキャンプ場も近いし、周囲から覗きこまれてしまうことに配慮した結果だろう。
石鹸類が備え付けられているのは嬉しい。料金がそれなりにするのだからそこら辺は用意してくれている。
……最近は石鹸を用意してくれない安い料金の共同浴場ばかりを訪れていたから感覚がずれている気がする。
さあ、早く湯に入ってしまおう。
体を洗い清めてからいざ、湯の中へダイブインだ。
磨かれた石で作られた浴槽には、無色透明の湯が貯められている。
匂いはない。山の中の温泉はなんとなく濁った硫黄系の温泉だという先入観があるから、この湯はちょっと私には意外だ。
泉質はアルカリ性単純泉。成分が濃い湯よりも、このくらいにさっぱりした湯の方が穏やかに入浴できて良いかもしれない。
ああ、少々熱めな湯が心地よい。
岩肌が凸凹していないから、全身だらりと浴槽の中に広げていても余計な刺激がなくてリラックスできる。
キャンプをしながらこの湯に入れたら気持ちよかっただろうなと思う。
温泉でさっぱりして、キャンプ飯でお腹を満たしたらその後はテントでグースカだ。
明かりもなく、コンセントもないキャンプ場では夜更かしはしたくてもできない。
デジタルデトックスをしつつ、健康的な早寝が自動的にできてしまうのがキャンプの良いところである。
湯の中に浮かびながらノビノビしていると、足音がして他の客がやって来るのが見えた。私の独り占めタイムはここでお開きのようだ。
少し残念だが、まあ十分に楽しませてもらった。
先ほど先客がいそいそと立ち去って行ったように、私もいそいそと立ち去らせてもらおう。
私が心地よい温泉の時間を過ごせたように、彼らにも気を遣うことなく湯を楽しんでもらいたい。
そんな私の密やかな配慮が彼らに伝わるわけはない。けれど伝わらずともいい。
「あ、良かった。自分たちだけしかいなくなったよ」
そう思ってくれるなら上々だ。
入れ替わり立ち代わりしながら、ここへ訪れる人たちは自分たちだけの入浴の時間を過ごしたいものである。
それが人里を離れた場所にやって来る醍醐味なのである。
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