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よのなかよもやま寄稿 02:奄美大島ホノホシ海岸――南の島の泳げない海の浜辺で石の奏でる音にたゆたう

島が好きだ。

どうして島が好きなのか。

それは私が、島に『楽園』の夢を見ているからだ。

昔から何かしらの媒体からの影響を受けて、島、特に南の島に対して私はそのような感情を向けている。

暖かな風が吹き、青い空に白い砂浜があってそこにはヤシの木が生えていて……まさしくそこは世の中のいやなことすべてを忘れさせてくれる場所。

そんな、どこかの海の真ん中にポツンと浮かんでいる楽園を、僕はきっと心のどこかでずっと探しているのである。

その『楽園』へのあこがれのせいなのか、子供のころからの遊び場だったからかは分からないけれど、私は海が好きである。

泳ぐのも、眺めるのも。どこまでも続く青い平原のことを私は好んでいるのだ。

そういうわけだから、私は奄美がとても大好きになった。

私の子ども時代から形成された海という存在への偏愛を、これほどに満たしてくれる場所は私にとってそうは無いことなのだ。

そして、ただ眺めているだけでいいと思える海辺もまた、私にとってそうは無い場所なのである。



奄美大島の南に、石のゴロつく『ホノホシ海岸』


奄美大島最大の街、名瀬から車で約1時間。

南部の街、古仁屋に着く。

古仁屋は奄美大島第2の街であり、徳之島から沖縄をつなぐ航路や近隣の加計呂麻島、請島、与路島への玄関口である。

この街からさらに南東へと少し車を走らせると、奄美大島の中でも有名な浜辺が半島を挟んで両側に現れる。

それがホノホシ海岸と、ヤドリ浜である。

私はこの2か所のことが大好きなのだが、今回はホノホシ海岸だ。ヤドリ浜についてはそのうち改めて書くことにして今回は割愛する。

奄美大島の中でもホノホシ海岸は実に特異な海岸だ。

その特徴は浜辺が丸い石たちによって形成されていることである。

ホノホシ海岸

1つや2つではない。南の島らしくサンゴ由来の白い砂浜が形成されそうなところに、波で洗われて丸くなったこぶしほどの大きさの石がぎっしりと敷き詰められているのである。

南国らしい青い海がバックにあるので、その眺めはずいぶんと奇妙に私には思えた。

細かい砂の柔らかい踏み心地ではない。時には石の歪さが履物越しに足つぼマッサージよろしく足裏に食い込み、ともすれば足を引っかけて転んでしまいそうになる。

裸足で優雅に歩こうなんてもってのほかだ。おとなしくスニーカー履きをお勧めしたい。


石と波の演奏にずっと耳を傾けてしまう


ともかく奇妙な景観のホノホシ海岸だが、波も妙に荒い場所だ。その日は通りかかった別の海辺を横目で見てみても波は穏やかだったのに、ホノホシ海岸だけは沖に波が立ち、岸辺に波が駆け上がる音を立てているのである。

楽園の穏やかなイメージとは違った荒々しさを含んだ海岸だが、事実この海岸で泳ぐには厳しい場所だ。

浜、とは呼ばれず海岸であるところからも遊泳には不敵な感じがヒシヒシと伝わってくる。

しかし、ホノホシ海岸の魅力とは泳げないことで減衰するものではない。

むしろきっぱりと泳ぐ選択肢を外せることが、ここを楽しむうえでのポイントの一つになっているのかもしれない。

さっきも書いたが、ここは丸い石が敷き詰められた海岸だ。

そこに、海からの波がぶつかり、石たちを転がしたり揺すったりしながらその隙間に沁み込みつつ海へと引いていく。

そうすると、丸石の浜はゴロゴロと大きな音を奏でるのである。

容器に入ったたくさんのガラス球を別の容器へと流し移したときのような、硬いものがぶつかり合って鳴る音。

そしてそれに続くように、炭酸がコップに注がれた時のような、気体が液体から抜け出し気泡を弾けさせたかのような音。

その独特な音が、絶え間なくホノホシ海岸には鳴り響いているのである。

この音が、不思議とうるさいとは感じないのだ。

音量としては結構なものに思う。なのに聴き続けていても、うんざりとはしない不思議な音である。

むしろ、腰でも下ろしてボゥッと聴き続けていたくなる音だ。

本でも開けば、もしかしたらちょうどいいBGMとして一冊読み終わるまで海岸のお世話になってしまうかもしれない。

海の波のうねりを眺めていれば、それこそ無限に座っていられそうで……実際気づかないうちに随分と長居してしまった。

まったく、他にもいろいろとこの後に予定を考えていたのに。時間が圧してしまった、困ったものである。


私は、南の島の海辺に来たら泳がなければ嘘に思える。少なくとも、足先くらいは浸かりたい。

しかし、ホノホシ海岸は海水に触れ合わなくても満足ができるという私にとっては珍しい海辺だったのだ。

これが作業用BGMというやつか。インターネットを開かずともここでは天然のBGMに浸かることができる。

座ったり、時折歩いてみたり。そんな風にしていると時間が勝手に経ってしまう。

気に入った石を拾って地面に並べてみたり。先客が白っぽい石を並べて描いた「I LOVE 〇〇」のデカデカとした石の文字……ちょっと興ざめだったのでそれが視界に入らないように目線をずらした。

ともかく、ホノホシ海岸で私は海を遠くから眺めているだけで海に対して満足するということができた随分と珍しい海辺となったのだ。

普段なら海のすぐそばにまで寄っていって、足先が濡れてしまっても構わないくらいの気持ちで波打ち際の中を覗き込むくらいのことをする。

ホノホシ海岸が単純に近づくことが危ない(濡れる危険と波にのまれる危険)ので、他の海ではする行いができない。

他の海辺とは違った付き合い方をしたホノホシ海岸。

だからこそ私には新鮮で、そしてその新鮮さが私にとって魅力に感じさせてくれたのかもしれない。

魅力とは『今までに無いもの』にこそあるように思える。

海で体を濡らすことなく、音の中にたゆたってみるのもなかなかに良いものである。

次もきっと、奄美大島を訪れたら訪れたい。

丸石たちと波の演奏にまた耳を傾けてみたい。



ちなみにホノホシ海岸の丸石は……

ちなみに、ホノホシ海岸の丸石は持ち出し厳禁だ。

なんでも言い伝えでは石の1つ1つに魂が宿っており、持ち帰ると勝手に石が動き出して災いをもたらしたりするそうだ。

もっとも、あの石と波の演奏はたくさんの石たちが集まってこその芸術だ。持ち帰ってしまったら、その石は今まで奏でていた音を奏でられなくなってしまう。

それは可哀想だ。たくさんの仲間たちとの演奏してこその彼らなのだ。

仲間はずれにはしてあげないようにしよう。



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