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オーケストラとの協働 - ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団とのプロジェクトに参加した話

作曲家にとって、100人近くのプレイヤーを含むオーケストラとの現場は、どの現場とも違う、緊張感と高揚感があります。

しかし、自作のオーケストラ作品が実際に演奏される、そのような機会は、多くの作曲家にとって当たり前のことではありません。

今回の記事は、私が2023年11月と2024年4月に参加した、シベリウス音楽院の作曲科の学生を対象とした、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団とのプロジェクトの記録です。若手作曲家にとって、才能の発揮、そして成長の場となる、この上なく贅沢で、実りあるプロジェクトを紹介したいと思います。

1. オーケストラプロジェクトについて

私が在籍しているシベリウス音楽院の作曲科では毎年、大学主催によるオーケストラプロジェクトが行われます。このプロジェクトでは、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団(Helsinki Philharmonic Orchestra)とフィンランド放送交響楽団(Finnish Radio Symphony Orchestra)の協力のもと、選抜された作曲科の学生数名のオーケストラ作品が計2回のワークショップで演奏されます。

(指揮者は年によって異なりますが、オーケストラ演奏は、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団とフィンランド放送交響楽団が一年ずつ交代で担っています)

私は修士課程二年目となる昨年から今年にかけて、こちらのプロジェクトに参加しました。オーケストラは、かのフィンランドの名門オケである、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団。指揮者はフィンランド国内外で活躍する若手指揮者のトマス・デュプシェバッカ。

私はこのプロジェクトのために、新作のオーケストラ作品『Everything is My Guitar for Orchestra』を書き下ろし、第一稿が2023年11月の第一回ワークショップで、そして最終稿が2024年4月の第二回ワークショップで、それぞれ演奏されました。

第二回目のワークショップより。会場はHelsinki Music Centre Concert Hall。

指揮者のトマスとは、ワークショップの事前にオンラインミーティングがあり、指揮者視点の(そして彼のバッググラウンドである弦楽器プレイヤーとしての視点も交えた)とてもプラクティカルな意見や疑問、そして作曲者の美学に至る、とても有意義なディスカッションを行いました。

彼の、(学生の作品であれ)熱量を持って取り組む姿勢は、このプロジェクトの教育的側面としてとても大きな役割を担っており、それと同様に、作曲者としての責任を果たすべく、私たち学生も真剣な姿勢でワークショップに臨みました。

第一回目のワークショップでは、トマスやオーケストラ団員両方から、主に譜面の記譜法など、プラクティカルな側面に関するフィードバックをいただき、それを踏まえて、最終稿の制作を行いました。完成された作品は、第二回目のワークショップで演奏され、レコーディングされました。

第二回目のワークショップで演奏された最終稿のレコーディング音源(抜粋)は以下のリンクよりお聴きいただけます。

2. 自作のオーケストラ作品について

このプロジェクトのために書き下ろした『Everything is My Guitar for Orchestra』では、エレクトリック・ギターの歪んだ響きに着想を得て、ノイズを含む音響的なオーケストラの使用、またそれとは対照的な、静的で、ダイアトニックな響きを基調としたセクションをコントラストとして並列させました。

(上のリンクからお聴きいただけるのは、作品後半部からの抜粋になります)

聴き手がノイズ中心の音響から、繊細な音色への変化に自然と耳を引き寄せられるような時間構造を作ることを目的とし、音楽を通していかに能動的な聴取体験を可能とするかを探求した作品です。

(すでにお気づきの方もいるかもしれませんが、タイトルの『Everything is My Guitar』は日本のロックバンドandymoriの同名曲『everything is my guitar』から拝借しました)

『Everything is My Guitar for Orchestra (2023-24)』最終稿スコア冒頭1ページ目

3. オーケストラとの協働を通して

今回のオーケストラプロジェクトは、
・作曲家としてのスキル
・演奏家とのコミュニケーション
という2点において、何よりも得難い学びがありました。

第一回目のワークショップでは、実際の演奏に触れ、主にオーケストレーションにおける課題を確認できました。「思っていた響きと違う」「この楽器が聞こえない・聞こえすぎる」など、細心の注意を払って作曲していたものの、やはりまだまだ技術不足であることを痛感しました。しかし、そのような「失敗」を通して気づきが得られるというのは、学生であるがゆえの特権であり、これから作曲家としてのキャリアを築いていく上で、(今後同じような「失敗」は起こさないという意味で)貴重な経験をすることができました。

また、オーケストラの現場での、指揮者、演奏家とのコミュニケーションを通して、作品の意図を明確に、かつ端的に伝えることの重要性も学びました。100人近いプレイヤーからの視線を一身に集めながら声を発する瞬間は、足が震えるほどに緊張感を伴いますが、しかし、このような、演奏家との「対話」の経験は、作曲家にとって必要不可欠なものです。時間的制約の多いオーケストラの現場で、指揮者、演奏家とともに作品理解を深めつつ、気持ちよく協働できる環境作りは、作曲家にとって創作以外で求められるもう一つの重要なスキルと言えるかもしれません。

(余談ですが、第一回目のワークショップの後、作曲科教授のヴェリマッティ・プーマラからは、「ユウトはオーケストラ相手でも、演奏家とのコミュニケーションには問題がないようだね」とコメントを頂戴し、ほっと胸を撫で下ろしたことを覚えています)

4. 今後の展望

記事の冒頭でも書いた通り、自作のオーケストラ作品を演奏してもらう機会というのは、多くの作曲家にとって当たり前のことではありません。特に、今回のような大学機関でのプロジェクトの他は、ほとんど希であるといっていいでしょう。

しかし、今回のオーケストラ作品で目指した「能動的な聴取体験」というコンセプトを引き継ぎ、今後もオーケストラ作品を書きたいという気持ちはいっそう高まっています。そして何よりも、オーケストラの現場での、あの緊張感と高揚感をもう一度味わいたい。

次はどのようなアプローチでオーケストラ作品が書けるだろう?

すでに次回作への(妄想のような)アイデアづくりは、はじまっています。

第二回目のワークショップを終え、晴れやかな顔をした作曲科同期たちと。彼らとのお互いの作品について讃えあえる関係は、大切でかけがえのないものです。


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