見出し画像

選手契約の流れ・手続き(外国籍選手編)

前々回は「強化部による獲得候補選手チェックの流れ」、前回は「選手契約の流れ・手続き(Jリーグ所属選手編)」と題し、クラブが興味を持つ選手の確認手順、及び、獲得を決めたJリーグ所属選手に関する契約・リリースの手順を紹介しました。

今回は「選手契約の流れ・手続き(外国籍選手編)」と題し、Jリーグではなく海外リーグに所属する外国籍選手について、国際移籍における契約手順をご紹介します。

具体的な手順は、以下の①~⑥となります。①は前々回記事と重複するステップです。その後、クラブが実際に選手の獲得を決断してからは、②以降の手順に沿うことになります。

①選手代理人への興味申入れ
②所属クラブへの条件提示・移籍合意
③選手代理人への条件提示・仮契約締結
④入国手続き
⑤国際移籍登録
⑥JFA及びJリーグへの登録、契約書類の提出


①選手代理人への興味申入れ

外国籍選手の場合、対象市場が世界規模ということもあり、様々なルートから選手情報が集まってきます。普段は日本人選手の契約更新でコミュニケーションをとる代理人の方が外国籍選手を紹介してくださったり、どこで入手したのかWhatsappに知らない外国籍代理人から突然紹介が来たり、クラブの問い合わせフォームに売り込みが届いたり。本当に多種多様です。東京ヴェルディが2022年2月に獲得発表したインドネシア代表SBアルハンの場合は、Jリーグ国際担当の方に選手代理人と繋いでいただきました。

上記のような多種多様なルートから選手情報を仕入れ、興味を持った選手については、代理人にその意向を伝えます。とはいえ、未知の外国籍選手の獲得となるため安心感は相当重要であり、十中八九は、普段懇意にしていただいている代理人がマネジメントする選手と具体的な話を進めます。

②所属クラブへの条件提示・移籍合意

外国籍選手の所属クラブに対して、まずは条件通知書(Offer Letter)を提示します。主な記載事項は、移籍開始日、移籍形態(期限付き移籍か完全移籍か)、移籍金、期限付き移籍の場合はその期間と買取オプション条件などです。移籍に関する主な条項を、A4一枚に、クラブのレターヘッドと代表者または強化責任者のサインを記載して簡潔に取りまとめます。これをクラブの正式書類として所属クラブに提示することで、いよいよ移籍交渉が開始します。

移籍交渉の中では、具体的な移籍金とその支払日(一括払いか分割払いかも含め)、支払日超過の場合の利息、選手の渡航費の負担などの詳細を協議し、移籍合意書(Transfer Agreement)として取りまとめます。移籍合意書は、所属クラブ、移籍先クラブ、選手本人(とその代理人)の3者契約が基本となり、関与者全員がサインすることで合意に至ります。

なお、所属クラブとの契約が満了する選手、または、フリー選手の場合、本プロセスは省略されます。

③選手代理人への条件提示・仮契約締結

所属クラブとの移籍交渉と同時並行で、選手代理人と選手契約の協議を進めます。まずは所属クラブへのOffer Letterと同様に、選手に対しても簡潔なOffer Letterを提示します。その後、契約期間や年俸・インセンティブ、違約金など金額面の他、住居や乗用車の貸与、航空券の手配など現物支給面も取り決めます。合意に至れば、選手本人(とその代理人)と仮契約書(Pre-Agreement)を締結します。

ちなみに、いきなり本契約書を締結せず、まずは仮契約書で済ませる理由の1つが、選手の健康状態についてリスクヘッジをしたい、というものでしょう。そのため、仮契約書に「来日後のメディカルチェックの結果を受けて本契約書を締結する」という趣旨の条文を記載することがあります。しかし、FIFA規則(Regulations and the Status and Transfer of Players、通称”RSTP”)第18条4項に下記記載されているように、メディカルチェックの成否を本契約の有効性の条件にすることは禁じられています。

The validity of a contract may not be made subject to a successful medical examination and/or the grant of a work permit.

もし前述のような契約条件(年俸や現物支給)を詳細に定義した仮契約書を締結した選手について、メディカルチェックにおいて異常が見つかり、クラブがその契約を破棄した場合、選手がスポーツ仲裁裁判所(Court of Arbitration for Sport、通称”CAS”)に提訴すれば、クラブはそれ相応の賠償金支払いを命じられる可能性が高いです。金額としては、仮契約書が本契約書と同等とみなされ、クラブ側からの正当な理由のない契約破棄となるため、違約金や契約期間分の年俸などが基準となるでしょう。

そのため、クラブがあくまで健康状態によるリスクを回避したい場合には、仮契約書の位置付けや記載内容には相当の工夫が必要です。法的に非常にセンシティブな内容ですので本記事では詳述できませんし、国際法の専門家に助言を求めるべき領域です。ただし、個人的には、選手に対する健康面への啓蒙として、「メディカルチェック云々」の条文を仮契約書に記載することには賛成です。(当然その場合、メディカルチェックの成否で契約有無を決められないという覚悟が伴います)

少し話が逸れてしまいましたが、選手との仮契約書にサインができると、ようやく入国準備と国際移籍の手続きに進みます。

④入国手続き

外国籍選手のVISA申請は、仮契約書まで締結できていれば十分です。選手代理人から選手のパスポートのコピーや証明書用のプロフィール写真などを仕入れ、在留資格認定証明書(Certificate of Eligibility)の取得申請を進めます。弊クラブでは、VISA関連の手続きは素人が間違いを起こすと大惨事になるため、行政書士に一任しています。

入管から在留資格認定証明書が発行され次第、同書類を選手に原本郵送し、選手が母国の領事館でVISAを申請。無事に承認され次第、来日します。

⑤国際移籍登録

Jリーグ所属選手の移籍手続きとの最大の違いが、この国際移籍登録になります。海外リーグに置いてある籍を日本へ移す作業になります。

国際移籍の手続き・管理は、全世界のサッカークラブがFIFAのTransfer Matching System(トランスファーマッチングシステム、通称"TMS")というシステム上で行います。初めて国際移籍をする選手の場合、移籍先クラブが選手のプロフィールページを新規作成し、そのままの流れで国際移籍の登録をします。過去に国際移籍の経験がある選手の場合は、すでにTMS上に選手ページが存在するため、新規作成は不要です。

移籍先クラブが、選手情報や移籍金等の移籍情報を入力し、その証明として前述の移籍合意書と仮契約書をアップロードします。全ての入力を終えるとTMS transfer reportという、登録内容が記載された書類をダウンロードできるため、それを所属クラブに送付します。Matching Systemという名前の通り、両クラブが同じ内容を登録するため、両者で齟齬があると「マッチング」せずに移籍手続きが進まなくなります。所属クラブに「この書類の通りに入力してください」という指示を出した方が、修正のための工数がかからず圧倒的に楽です。

なお、フリー選手の場合は、移籍合意書のアップロードはもちろん不要です。一方で、フリー選手がすでに前所属クラブとの契約を満了していること、また、選手に対して第三者が経済的な保有権(選手の移籍金の一部を保有する権利など。Third Party Ownership(サードパーティーオーナーシップ、通称”TPO”)と呼ぶ)を一切保持していないことの2点をTMS上に登録する必要があります。前者の証明書として、Proof of last contract end dateとして前所属クラブに一筆書いてもらったり、選手から前所属クラブとの契約解除合意書(Termination Agreement)を仕入れたりします。また後者の証明書として、選手及び前所属クラブにTPOへの関与がない旨を一筆書いてもらいます。

移籍先クラブと所属クラブ/前所属クラブの登録内容がマッチングし、両クラブが加盟するサッカー協会が承認を終えると、無事にTMS上で選手の籍が移管され、国際移籍の登録は完了となります。

また、上記TMSへの登録と同時並行で、JリーグクラブはJFAに対して、国際移籍証明書International Transfer Certificate、通称”ITC”)の発行申請を進めます。所定のフォーマットで申請しておき、TMSでのマッチングが完了次第、FIFAから発行されたITCがJFA経由でクラブの手元に届きます。

⑥JFA及びJリーグへの登録、契約書類の提出

仮契約書のみを締結していた場合、選手が来日した後、本契約書(Player Contract)のサインを進めます。ここでは、選手とクラブのそれぞれの経費負担、より詳細なアイテム単位の現物支給、肖像権、クラブ規則、違反時の罰則または契約解除条項など、仮契約書には記載しなかったより具体的な実務上の取り決めについて合意します。本プロセスになって選手及び代理人と揉めると大惨事になりますので、仮契約締結のタイミングで本契約の条件も認識を合わせておくことが重要です。

なお、Jリーグの日本人選手は全員がJFAの指定する「統一契約書」にサインすることは、前回記事でもご紹介しましたが、統一契約書が日本語表記ということもあり、外国籍選手の場合は、統一契約書の内容も含めて1冊の本契約書として英語で取りまとめてしまいます。

選手登録と書類提出については、Jリーグ所属選手と違い、外国籍選手の場合はJFAの選手登録システムにITCと、入国後に発行される在留カードのコピーをアップロードします。また、Jリーグには、日本人選手と同様に、メディカルチェックの結果や契約書の写しを提出することで選手登録は完了となります。

最後の補足になりますが、プレスリリースは所属クラブとの移籍合意書、及び、選手との仮契約書のサインが完了した時点で、所属クラブ・移籍先クラブ・選手(とその代理人)の3者が合意した日程で調整します。国際移籍は相手国のメディアも巻き込むインパクトの大きい案件のため、漏洩のないよう情報統制はより一層厳格に行います。

東京ヴェルディもアルハンの移籍に際して、選手との接触を初めてから移籍発表まで、ほぼ半年間ほど情報漏洩することなくリリースまで至ることができ、幸いにも多大なメディアインパクトを残すことができました。改めて、情報統制はいくら厳格にしてもしすぎではないと感じましたし、選手の所属クラブや代理人を含む関与者全員のモラルには深く感謝しています。

■参考文献
FIFA “Regulations and the Status and Transfer of Players”

https://digitalhub.fifa.com/m/1b47c74a7d44a9b5/original/Regulations-on-the-Status-and-Transfer-of-Players-March-2022.pdf


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?