見出し画像

「僕たちの嘘と真実」の中にある嘘と真実

「僕たちの嘘と真実」で目の当たりにするもの

 先日、欅坂46のドキュメンタリー映画、「僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46」を鑑賞した。150分という長さは、「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」とほぼ同じ長さだ。そんな長編作品で髙橋栄樹監督は何を伝えたかったのだろうか。メンバーは、元メンバーは、周りで支えた”大人”は何を想って一瞬一瞬を過ごしていたのだろうか。そして、そうしたメッセージからファンは何を感じることができるのだろうか。
 正直、この作品はファンやゴシップ好きの人にしか伝わらないものが多い作品だと思だ。はなから制作サイドも大衆ウケを狙って作ってはいないはずだろう。大衆ウケを狙うなら、もっとドラスティックに描いたはずだし、そのための材料は十二分にある。CDデビュー前のメンバー脱退や、発煙筒事件、メンバーに下った文春砲。もっと、世間に映った欅坂、運営サイドの視点を入れ、両者の視点を含めて大きな”問い”を投げる作品にもできたと思う。それでも、メンバーの声をできる限り作品に含め、多くのファンが目撃したいくつもの”事実の断片”とつなぎ合わせる手法はターゲットを絞った上、前述のやり方よりもさらに激しく、難しい問いを投げられている。
 ファンは今まで様々な場面で目にし、そのたびに様々な噂や憶測を呼んだ出来事の裏に隠されていた真実、メンバーの葛藤を手にすることで今まで持っていた表のピースと裏のピースが揃うからだ。何かが起きていると感じながらも、必死で応援したその時、まさにその裏で壮絶な出来事がいくつも同時に起きていた事実は多くのファンを様々な意味で苦しめるだろう。それと同時に疑念や不安から解放したはずだ。

作品を鑑賞して感じた違和感

 「僕たちの嘘と真実」を本当に一言でまとめると、「平手友梨奈とバックダンサーズが、バックダンサーズとして一人前になるまで」と言えるだろう。もちろん結成し、欅坂46となった瞬間から全員揃って欅坂46であるのは至極当然の話であるが、ここで言いたいのはそういうことではない。平手友梨奈(以下、平手)をセンターに鮮烈なデビューをした欅坂46は平手の魅せる世界観やキャラクター、その若さにファンや世間を驚かせた。曲によって異なる表情を魅せる平手は謂わば神格化され、楽曲の持つ世界観も相まって「ロックなアイドル」、「アーティスト」などとも呼ばれた。この作品では、次第に変化していく平手の様子が映されている。徐々に表舞台に姿を表すことがなくなり、圧倒的センターを欠いた欅坂46のメンバーを不安やプレッシャーが襲う。まさに「不協和音」な状態と化す。


 それでも、キャプテンである菅井友香(以下、ゆっかー)を中心に欅坂46としてエンターテインメントを観客に届けようとする努力を諦めることはなかった。映画では本当に文字通り平手が欅坂を卒業するまでが描かれている。恣意的にまとめているわけではない。観たままの事実をこうして文字に起こしているだけなのである。だからこそ、この映画は平手が率いた欅坂から欅坂として一人立ちするまでを描いていると言えるのだ。僕はゆっかーを推しつつも、箱推し(グループ全体のファンのこと)だったので、この「欅坂46」の映画でさえも、卒業した平手が中心にあることはあまり嬉しくなかった。

それでも観るのを止められない理由

 そうは言えども、この映画は観ることを辞めることができなかったばかりか、記事執筆時点で2回映画館に足を運んでいる。なぜなら、この映画が唯一映像として欅坂46の誕生から改名前夜(オンラインライブまで)が描かれているからだ。そして、そこには確実にエンターテインメントを超えた”真実”があるからだ。
 平手が2020年初めに卒業する3年前、欅坂46が2017年に「不協和音」で紅白歌合戦にしたその日、平手はメンバーに活動を休止したいと相談していたこと、メンバーの必死の説得によって留意していた。
 9thシングルから選抜制が取り入れられ、その選抜に漏れたメンバーの想い、そのシングルもセンターの平手がMV撮影の現場に来ず、発売延期となったまま発売されなかったこと。そしてその幻のシングル表題曲はメチャカリのCMソングになっていたこと。

 まだまだ驚くべき真実はあるが、残りは是非映画館で観て欲しい。さらに、この映画の価値はメンバーである小林由依が作品後半で語ったこの一言にある。

「私とみんな(メンバー)の考えることが違うことが多い。だからこういうところ(インタビュー)で言いにくい。」

 覚えてる限りなのでもしかしたら「言いにくい」でなくで「言いたくない」だったかもしれないが、この映画を観るに値する理由はこのコメントが映画に出ていることだ。表だけ見ていれば、みんな仲良しでキャッキャしているが、裏ではドロドロの競争があると女性アイドルは思われがちだが、欅坂は当初から一貫して関係性の良さを話していた。だからこそ、このコメントから運営や映画製作陣の本気度が伝わる。人間が複数集まって全員が全員同じことを考えるわけがないが、どうしてもアイドルはそうした当たり前の感情を表に出すことを許されない。どういう文脈でのコメントなのかも含めて是非劇場で確認して欲しい。

長々と語ってみたけど、結局…

 結局何が言いたいかと言うと、一度は離れたものの、やっぱり僕は欅坂が好きだということだった。初めて映画を観た日は、鑑賞後にバイトがあったのにも関わらず、興奮が冷めず深夜の都内を43kmも自転車で漕いだ。それでも中々寝付けなかった時には自分でも驚いた。きっと、体内に眠っていた欅坂スイッチが再び入ったのだと思う。そうして数日後、再び映画館で鑑賞し、ファンを辞めた後に発売されたライブDVDを買い集めて貪るように観ている。10月中頃に開催予定のファイナルライブにも、なんとかして行こうとすると思う。既に10月発売のベストアルバムは初回限定盤2タイプを既に予約した。改名してからも応援するだろうし、ファンクラブにも再入会するかもしれない。
 僕にとって欅坂46は高校時代の思い出の1つで、大学生時代の思い出にもきっとなるだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?