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12年前のコート

全てが順調にいけば、この記事は日本に帰る便に搭乗する前に投稿される予定だ。今は出発前夜の夜10時。夜ご飯を済ませて荷造りもだいたい終わったところ。フライトはフランス時間の夜7時半、日本時間の夜2時半にあたる。


今回のパリ滞在で、運動、読書、そして部屋の片付けができなかったことはもはや“織り込み済み”なのだが、ひとつだけ想定外のことがあった。

それは思いの外寒かった、ということ。到着直後はまだ暑い日もあったが、その後はずっと雨で、ここ最近は最高気温が20度を超える日すらほとんどなかった。さすがにそれは想定していなかったので、荷物を軽くするために薄手のパンツばかり持っていっていたのが仇となった。幸い、パリの家に置きっぱなしにしていたニットやコートで上は問題なかったが、厚手のパンツに関しては丈が中途半端なものしかなく、パンツと靴の間の微妙な隙間から覗く脛に寒さが堪えた。


パリで重宝しているアウターはノルウェーのブランドNorwegian Rainの「RAINCHO」というモデル。大ぶりなつくりのわりに着丈も袖丈もそこまで長くないので、秋口に薄手のカットソーの上からさらっと羽織ることもできるし、厚手のニットを中に着込めば冬でも寒くない。名前の通り雨にも強いので、天気が変わりやすいパリにおいては実用的だ。日本ではちょっと前に流行ったが、最近はめっきり見なくなってしまったような。


それとは別にもう1着、ほぼ着なくなってしまったYves Saint Laurentの紺のチェスターコートがある。2012年、はじめてパリを訪れた時に買った思い入れのある1着だ。その時はあまり意識していなかったが、Stefano PilatiのYves Saint Laurentでの最後のメンズコレクションのものだった。

着なくなってしまった理由は、そのデザインにある。タイトなシルエット、太いラペル、短い丈感、と、どこを切り取っても今のトレンドと真逆なのだ。おまけにだいぶ太ってしまったせいで、ただでさえタイトなシルエットが“さらにタイトに”なってしまっていた。


ただ、今回の滞在で、どういうわけか久しぶりにそれを着たくなった。幸いカットソー1枚程度であれば太りに太ったこのわがままボディをねじ込むことができたので、日本に帰る前日、思い切って着てみることにした。

コートの下はグレーのカットソー、パンツは5年ほど前に買ったGround Yの袴のような形のもので、足元はこちらもだいぶ前に買った黒いNIKE Air Force 1 Foamposite。「そういえば昔、こんな格好してたっけ」なんて、街を歩きながら思ったりもした。

いいものであることに間違いはないのだが、明らかに流行り廃りでいうところの“廃り”の側にいるコートに包まれながらも、私はどこか明るい気持ちになった。このコートを買った12年前にパリに来ていなかったら、私の人生はどうなっていたのだろう。もしかしたら今でもどこかの金融機関でサラリーマンをしていたかもしれない。少なくともその3年後にフランスに移住することはなかっただろう…と、そんなことを考えていた。

あの頃は社会の枠組みにうまく自分を合わせることができていたが、それはきっと自分本来の姿ではなかった。今はこうして、それに合わせるとだいぶ窮屈に感じるが、その枠組みを自分に当てはめないで自由にやることができている。それぞれに良し悪しはあろうが、私は今の自分の在り方がより心地よく感じている。


このコートは、またパリに置いていこうと思う。またいつか、袖を通したくなる日がくるだろうから。その時、私はそのタイトなシルエットをどう思うのだろうか。一周回っていいものに感じるかもしれない。あるいは痩せに痩せて、少しオーバーサイズになっていることだって、ありえなくはない。


12年前の私は、きっといい買い物をした。そしてそいい買い物をしたことで、私はいい選択をすることができた。必ずしも楽な道のりではなかったが、今そのコートに身を包んで、自身がいかに自由になったかを知ったように感じた。


さて、私は今パリのシャルル・ド・ゴール空港にいる。搭乗まであと2時間ほど。出国審査、手荷物検査、全て終わらせて、あとはフライトをのんびり待つだけだ。

日本はどうやらまだ暑いらしい。寒いところへ行ったり、暑いところに戻ったり、なんだか忙しないが、これから始まるさらに忙しく日々のために、飛行機の中ではゆっくり休もうと思う。


無事に到着しますように。


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