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お呼びでないようでした

Avenue MontaigneとRue François 1erが交差するところに朝9時、とだけ告げられた。


些か早い待ち合わせだし、高級ブティックが立ち並ぶ場所に何の用があるのだろう、と不思議に思いながらも、遅刻しないように8時半前に家を出た。

この1週間、パリは雨続きだったが、今朝は綺麗に晴れた。ただ気温は11度。まだ9月なのに、なんだかもう冬みたいだ。

「とりあえずカフェに行こう」

私を呼び出した調香師Jean-Michel Duriezと合流後、私たちは交差点に位置するレストラン「L’avenue」に入った。その時間に開いている場所は周辺ではそこだけだった。豪華な内装に、モデルみたいなウェイトレスがゆったりのんびり仕事をしている。客はまばらだが、皆ゆとりがありそうだ。ここでは誰も急いでいない。が、そのことが逆に微妙な居心地の悪さを醸し出していた。

彼はカフェラテ、私はカプチーノを頼んだ。彼は運ばれてきたカフェラテにぶつぶつ文句を並べた後、

「私たちを招待してくれた人が遅れているから少し待とう」

と言った。

すぐ近くのDiorの美術館「La Galerie Dior」を、Jean-Michelの古くからの友人が開館時刻前に案内してくれる、ということだった。私へのちょっとしたサプライズだったようだ。

Jean-Michelによると、その友人は役職を変えながら、長いことDiorに勤めているとのことだった。ブティック前で合流した彼は(当たり前ではあるが)全身Diorだった。もちろん、バッグも、スニーカーも。

まずは開店準備中のブティックの中を案内してもらったのだが、その時から彼のDiorというブランドに対しての愛が凄まじかった。ブランドに関する知識もさることながら、それを語るときの形容詞の選択がそれを如実に物語っていた。長期間に渡る勤務が彼をそうさせたのか、あるいは元からDiorが好きだったのかはよくわからない。

美術館に入った後はその愛がさらに炸裂する。デザイナーChristian Diorの、文字通り「揺り籠から墓場まで」を誦じ、彼のその天才性を讃え、展示されているJohn Galliano等他のデザイナーが手掛けたドレスに惜しみない賞賛を贈った。

ちなみに、本来はVIPしか入れない時間帯だったようで、ほとんど人がいなかった中、私たちの近くに日本のとある芸能人(もし私が間違っていなければ、だが)がいた。きっとのちにたくさん買い物をしていったのだろう。


美術館を堪能した後、Diorブティック内のレストランが予約されていたが、それまで少し時間があったので、改めてブティックの中をうろうろすることにした。開店からまもない時間帯だったにも関わらず、店内は様々な国籍の客で賑わっていた。

青い箱に入ったピアスが目にとまった。近くにいる販売員に値段を尋ねるが、すぐにはわからないようだったので、レストランで食事後にまた戻ってくるからそのタイミングで教えてほしい、と言い残して、私たちは昼食へと向かった。


料理もサービスも素晴らしかった。何の文句もない。しかし私は、朝からずっと抱き続けていた違和感を拭うことができなかった。

なんだかとても場違いな場所にいるような気がしていたのだ。

レストランの中は、様々な国籍の老若男女が食事をしていた。夫婦、家族連れ、友達同士、仕事上の付き合い、など、そのコンテクストも様々だった。

ただ、皆一様に私にはない余裕のようなものを持ち合わせていた。それは彼ら彼女らの唯一の共通点の「お金持ちである」というところからきているものと思料する。そしてそれは、もちろん今の私は持っていないし、きっと今後の人生でも手に入れられないものであるような気がするのだ。

私の人生にはあまりにも縁遠い空間に居続けたことで、きっと私はどこか別世界へ行ってしまったような気分になったのだ。残念ながら私の場合、それはあまりいい方向に作用しなかったようだ。

それを悲しいことだとは思わない。「足るを知る」ことは人生の中で重要な要素であるはずだ。だからここで違和感を覚えたということは、裏を返すと、私が今満ち足りているということの表れであろう。


帰りがけに、気になっていたピアスの値段を尋ねた。

「アリゲーターの箱に入ったこちら、9,000ユーロになります」

Wow…やっぱり私は「お呼びでない」ようだった。


いずれにしても、素敵な経験だった。違和感はありながらも、たまにはこういうのもいいかな…と、次の仕事のミーティングに徒歩で向かいないがら、私は思ったのでした。


にしても、9,000ユーロかぁ…


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