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想定外のインラインスケート

それはいくつかの想定外によって構成された日だった。


パリに戻るといつも会う友人のひとりと、土曜日のお昼にインド料理屋で待ち合わせをした。過去2回挑戦して2回とも満席で入れなかったこのお店、3度目の今回は満を持して予約をしておいた。

てっきりクラシックなインド料理屋だと思っていたので、モダンな創作インド料理が出てきた時は少々面食らった。ただ、さすが人気店、どの料理も美味しかった。

その後は話題のお菓子屋さんとカフェに行った。これは私たちのいつもの行動パターンだが、いつも以上に“当たり”を引いたことも、その日の「想定外」に含まれた。

ただ、ここまでは想定される範囲内のでの「想定外」だった。


その日の目的はインラインスケートを購入することだった。少し前から興味があって調べていたところ、Decathlonというスポーツ量販店のオリジナルモデルが最初に使うには一番いいという情報をキャッチした。その友人もインラインスケートに興味を持っていたので、せっかくなら一緒に見にいくことにしたのだ。

夕方6時ごろの店内にはまだ多くの人がいたが、インラインスケートコーナーはそこまでの賑わいを見せていなかった。試したかったモデルは私のサイズがラスト一足。履いてみるとちょうどよくフィットした。もう一つ下のサイズだと足を入れることも難しくなるほどだったので、当初の想定通りのものを、プロテクター等と一緒に購入した。

その際の販売員の方がとにかく親切だった。インラインスケートに関するアドバイスをあれこれくれた上に、本来自分で装着しなければならないヒールブレーキも「この工具を使うと楽だから」といって、購入後に取り付けてくれた。ここまで知識が豊富な上に親切な販売員はなかなかいないし、しかも私たちはサービスのクオリティが著しく低いことで有名なパリにいる。これは大きな想定外だった。


その日の夜は美術館等の文化的な施設が夜遅くまで開いていて、あちこちであれこれのイベントが開催されていた。どこに行こうか調べていると、なんとローラースケートのイベントを発見した。70年代から80年代にかけて流行った(らしい)ローラースケートで音楽に合わせて踊る「ローラーダンス」を、Le Carreau du Templeという施設でみんなでやりましょう、という、なんともご機嫌なイベントだった。ローラースケートはその場で安くレンタルすることができる、とのことだった。

正直私はあまり気が乗らなかったのだが、友人はノリノリだった。「見てるだけで楽しそうじゃん」と彼女はいうので、とりあえず行くだけは行ってみた。ただ、ローラースケートを借りる長蛇の列を前に、ローラースケートをすることは到着早々に諦めた。


イベントは始まったばかりで、老若男女がローラースケートやインラインスケートを履いて踊ったり滑ったりしていた。中には“その時代”を経験していたであろう人もいて、自分の世界に浸りきって踊っている年配の方がちらほら見受けられた。

DJがかける音楽もその当時流行ったものだったらしいが、私は一曲として知っているものがなかった。

そんな異質な世界を前に、ぼーっとしていると、友人が「せっかくインラインスケートあるんだからやりなよ!」と発破をかけてきた。

それはそうだけど…そんなバナナ…

最後にインラインスケートをやったのはいつだろう。多分25年ほど前だ。今きちんと滑れるかはわからないし、そもそもフランス人ばかりの中に飛び込むのも気が引ける…

しばらく躊躇っていたが、最終的に私はインラインスケートを足に装着していた。軽く練習をしたら、すぐに滑れるようになったので、中央で踊る人たちの周囲を回る周回コースに入っていった。

外からだと全員が同じ方向に進むことでひとつの統一感のある世界を形成しているように見えるが、実際に中に入ってみると、それぞれの進む方向や速さはバラバラであることがよくわかる。何かを共有しているようで、みんな孤独を抱えていた。

そんな孤独な中、私もひとり、今のうちに少しでもコツを掴んでおこう、と考えながら走った。曲がり方やブレーキなどをあれこれ試しながら滑っているうちに、だんだんと楽しくなってしまい、あっという間に1時間ほど経っていた。

結局友人は終始私を含めた滑っている人を見ているだけだった。靴のサイズが同じだったので、私ので試してみることを提案したが、頑なに拒否された。


インラインスケートを購入した日にまさかローラーダンスに参加することになるとは思っていなかった、というのが最後の大きな想定外。ただ、思いがけず素敵な体験となったし、インラインスケートに取り組むいいきっかけにもなった。


軽く夕飯を食べてから友人とはお別れをした。メトロの中で私はひとり、全員が孤独を抱えながらひとつの統一を生み出していた、あのローラーダンスの場を思い出していた。それはどこかこの社会のあり方に通づるところがあるような、そんな気がした。

そう、みんな孤独を抱えながら、そしてぶつからないように注意しながら、ローラースケートで滑っているのだ。


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