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犍陀多になれない私

するとその地獄の底に、犍陀多と云う男が一人、ほかの罪人と一しょに蠢いている姿が、御眼に止まりました。この犍陀多と云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這って行くのが見えました。そこで犍陀多は早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ。」と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。

芥川龍之介『蜘蛛の糸』

芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読んだことのある方は多いだろう。生涯ありとあらゆる罪を犯し当然の如く地獄に落ちた犍陀多(かんだた)が、彼の「踏み殺そうとした蜘蛛を思いとどまって助けてやった」という善行(?)と神様の“気まぐれ”により、地獄から救い出される道を見出すという話だ。


ここ数ヶ月、新しい財布を探していた。今まで使っていた財布もまだまだ使えるのだが、なんだか急に“気分”ではなくなってしまったのだ。

私が使っていた財布は、ハイブランドのラウンドジップタイプの長財布で、ブランドのロゴこそ入っていないもののその意匠により見る人が見ればどこのブランドのものかすぐわかるものだった。

使い勝手はそこまで悪くないし、デザインも気に入っていた。ただ、かなり大きめのサイズ感と露骨な“ブランド感”に、若干だが“胃もたれ”し始めていた。革もかなり使用感が出てきていたので、思い立ったが吉日、このタイミングで自分好みの財布を探そうと考えた。

カードがそこそこの枚数収納できる、シンプルなデザインの長財布を探していた。もちろん、レザーと縫製のクオリティはそれなりに高いもの。どこか絶対に譲れないポイントがあるというよりかは、使い勝手とデザイン、そしてクオリティのバランスが取れたものが欲しかったのだ。「いいもの」であれば、値段は気にならなかった。

最終的に辿り着いたのは、大峡製鞄というブランドのこちらの長財布。

ホテルオークラ内にある当該ブランドの店舗を訪れた際に、当初検討していたベビーカーフの長財布を見ながらも、目の端に映る上のリンクにあるトープの長財布が気になっていた。

端正な顔立ちでありながらもしっかりとした質感、カラーも上品で柔らかく、まさに私が求めていたものだった。

その他ブランドのプロダクトも色々見た挙句、先の長財布に決めた。


昨日2月10日の35歳の誕生日に、ホテルオークラの店舗まで赴き購入することにした。朝降っていた雪はホテルに到着する夕方には雨になっていた。

支払いの際、ふと気になることがあった。私の頭の中にあった値段から、ちょっと安い金額を提示されたのだ。

違和感はありつつも、私の勘違いだったかな…と思い、その金額を支払った。そして正直、もし先方が間違っていたとしても、まぁそれはそれで「悪い話」ではないな…と思っていた節もある。


本当であれば今回購入した財布はしばらく寝かせてからタイミングを見計らって使おうと思っていたのだが、たまたま「2月11日の建国記念の日は財布の使い始めによい日取りである」という記事が目に入った。嘘か誠かは定かではないが、これも何かのご縁かと思い、今日2月11日から使い始めることにした。

使おうと思い箱から取り出した時、前日の違和感が蘇ってきた。実際はいくらだったのだろう…とネットで調べてみると、やはり私が払った額から5,000円ほど上の金額が正しいものだった。

“ちょろまかして”買った財布をこれから使い続けるのは、なんだかあまりいい気分がしないなぁ、と思い、購入店舗に電話をかけた。定価を確認すると、やはりネット上に掲載されている金額が正しいものだった。それよりも低い金額しか払っていないことを告げ、後日差額を支払いに行くことにした。

もちろん店舗の方は電話越しにしっかりと謝ってくれた。それは当然と言えば当然で、明らかに先方のミスである。

ただ、私の中にはどことなくわだかまりが残った。なぜ購入の際、違和感を抱いた時点で、私は確認しようとしなかったのだろうか。その時に「あれ、金額合ってます?」と一言声をかければ、私が再訪する必要も、店舗の方が私に謝る必要もなかったのだ。

なんだか私は、とても悪いことをした気分になった。

もちろん、私は私なりに正しい行いをしたつもりだ。誰がミスをしたかはこの際問題ではなく、私が正規価格で購入していない、というその誤りはどのような形であれ是正されるべきだ。先方が気づいていない手前、私から申し出る以外にそれを正す方法はない。そしてきっと、世の中には私のように申し出ない人がたくさんいるのもよくわかる。

ただ私は、もし地獄に落ちても、このことを「よい行いをした」という感想と共に思い返せないだろう。なぜならそこには私の“邪”な思いが色濃く出てしまっているからだ。私が最初に違和感を抱いたタイミングでこの「正しくない」ことを修正しなかった「悪」の方が、後になってそれを“取り繕った”ことよりも大きく感じられるのだ。


きっと神様は、私には蜘蛛の糸を垂らしてはくれない。たった一度だがチャンスをもらえた犍陀多にはなれず、私は地獄の底をずっと這いずり回ることになるだろう。

犍陀多が、羨ましかった。


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