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29.9ユーロの青春

以前もどこかに書いたような気がするが、私が今一番香水を購入する場所は空港だ。

「ニッチフレグランス」とは名ばかりのトレンドをなぞっただけのこのマーケットに特に目新しいものはなく、かといって大手ブランドの新作もつまらない。結局のところ往年の名作に自然と手が伸びるが、購入したところでさして使わないからなんだか可哀想になってしまう。

ただ、たまに空港でびっくりするような安値で投げ売りされている過去の素晴らしい作品を見ると、どうしてもそこから“救い出したくなる”のだ。きっとそれは保護猫を飼う人の気持ちに通ずるところがあるのだと思う(違うかな?)。もちろんそれにしたってやたらめったら買う訳ではなく、「これだ」と思うものだけをピックアップしている。Yves Saint LaurentのKourosやCliniqueのAromatics Elixirあたりは、我慢できずに購入し、たまに香りを確認しては悦に浸っている。本当にいいものが安値で売り捌かれているという事実には心を痛めるが、ありがたいことに財布はあまり傷まないのでとても助かる。


そんなわけで私は、空港には早めに到着し、免税店でしっかりと時間を使うようにしている。販売員のやる気がなければないほど嬉しい。誰にも邪魔されずに、ゆっくりと香りを楽しめる至福の時なのだ。


ベルリンからパリに帰る時も早めに空港に到着した。パリまでのフライトの搭乗ゲートはまだ発表されていない。さて、ゆっくり過ごすとするか。


壁一面に陳列されている香水をひとつひとつ手に取る。いいな、と思うものは大体1980年代の作品だ。私はオールドスクールなのだ。

壁から少し離れたところに、大きな箱が置いてあり、その中には激安香水が放り込まれている。お値段なんと一律29.9ユーロ。その中には鳴かず飛ばずのフランカー(数日前のこちらの記事で「オリジナルからちょっとだけで違うバージョンのこと。例えばChanelの『Chance』に対する『Chance eau tendre』のようなもの」と説明した。ところでこの記事のアクセス数が異様に伸びているのだけど、炎上でもしたのかな?)も多数あったが、いくつかの往年の名作も紛れていた。

その中には私が高校生の時に使っていた香水がふたつあった。Gucciの「Rush」とDavidoffの「Cool Water Woman」だった。


Cool Water Women…この香りには私の心をかき乱す何かがある。特別なエピソードはない。ただその香りは、私がとっくの昔に忘れてしまった、幼い日のあの身悶えしてしまう喜びを、蜃気楼のように立ち上らせてくれる。太陽が照りつける中、むず痒さで身体をくねらせている私自身が、目の前に現れるのだ。


私はその小さな箱を手に取り、セルフレジで会計を済ませた。29.9ユーロ。私の青春の価値なんてそんなものなのかもしれない。


後日、調香師とともに香りを試した。彼は私に、記憶の中の香りと大差ないかを確認した。実際それは私の記憶にある香りそのものだった。もちろんきっと多少の違いはあるのだろうが、私の中では“あの香り”だったのだ。

「フルーティーすぎず、フローラルすぎず、アクアティックすぎず、のユニセックスな香調だね。ウッディな側面も強くはない。Quest社のいくつかの時代を彩った合成香料の香りがしっかりする。いい香りだ」

私にはもはや、これがいい香りなのかどうかのジャッジすらできない。この香りは私の中の何かを“象徴”しているがために、香りとして純粋に認識することができないのだ。


購入してからというもの、1日に1回は蓋を開けて香りを試している。それは私に、隠れて阿片を吸っているような気持ちをもたらす。


もしかしたら、本当に阿片なのかもしれない。たったの29.9ユーロだったけど。

これから私はこの香りを「青春の阿片」とでも呼ぼうか。いずれにしても、買ってよかったと、久しぶりに思えた香水だった。


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