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「排水溝の詰まりを見て見ぬフリをする男」の話

SNSを中心とした発信というのは、基本的には自身にとって都合のよいものであるべきだろう。一見ネガティブな内容であったとしても、結果的には自虐で笑いを取れるようなものがほとんどであるはずだ。

そんな中、今日私がここで書く内容の一部は、私の評価にとってネガティブでしかない。それでも私がそれを書くのは、文章を書く意味というのは、どういう形であれ自分のことを曝け出すことだ、とどこかで信じているからだ。


私が住んでいるパリの家は、とてもとても小さい。その昔は使用人のための部屋だったようなところで、たったの9平米しかない。

ただし、その9平米の中に、キッチン、トイレとお風呂、ベッドまで備え付けられている。こんなに効率の良い9平米は世界広しといえどそう見つからないだろう。もうかれこれ8年近く住んでいるが、貧乏学生時代をここで過ごしたこともあり、毎度日本から帰ってくると初心に戻れるのも気に入っているポイントのひとつだ。

そんな私の“城”に関して、ひとつ、大きな問題があった。

それは、シンクの排水溝が詰まっていることだった。

もちろん、入居した時は詰まっていなかった。私はそこで普通に皿を洗えていた。

パリの配管の問題なのか、それとも水の中に含まれる石灰分のせいなのか、排水溝が詰まることは頻繁にあった。その度になんらかの処置をしてまた流れるようにしていた。

それが、どうしても解消されない排水溝の詰まりが、ある日に起こってしまった。あれこれ手を尽くしたが、その詰まりはうんともすんともいわなかった。

それが起こったのがいつの頃だったかははっきり覚えていないが、少なく見積もっても3年は前のことだと思う。

それ以降、私は本来シンクでやるあれこれを、全てバスタブで行っていた。幸い小さな家なので、コンロからシンクまでの距離と、バスタブまでのそれは、そう大きく違わなかった。若干の不便さはあるものの(バスタブにある食器類を片付けないとお風呂に入れない、というのもその不便さのひとつに含まれる)、シンクなしでなんとかやり過ごすことができた。

そう、私は、詰まったシンクを見て見ぬフリをして、数年を過ごせてしまう人なのだ。私はひどく臆病で、問題が起こった時に、それをどうにかして“なかったこと”にできないか、と考えてしまう。なんとも、情けない話である。


数日前、Instagramで流れてきたライフハック的な動画に、私は釘付けになった。

それは重曹とお酢を詰まった排水溝にかけると、あっという間に流れ出す、というものだった。

あれこれ試したあの数年熟成ものの排水溝に、そんな民間療法が太刀打ちできるわけがない、とは思いつつ、とりあえず私は重曹とお酢をスーパーで調達することにした。

それらを排水溝にかけると、シュワシュワと音を立てながら泡を放ち出したものの、私が動画で観たように、詰まりは解消されなかった。一応水をシンクに貯めたら詰まりが解消するかと思いやってみたが、水はただただシンクに貯まるだけだった。

重曹もお酢もまだ余っていたので、私はもう一度挑戦してみることにした。調べてみると、一晩つけ置きしてみると効果が出る可能性がある、とのことだった。

夜寝る前、ありたっけの重曹を排水溝の入り口にふりかけ、そこに大量のお酢をかけた。前日以上に発泡の勢いがあった。私はその吹き出る泡を冷ややかな目で見つめた。どうせまた、期待外れなのだろう、と。

それが、翌朝起きてみると、シンクが空になっている。昨晩あれだけ出たはずの泡も、排水溝の入り口までひたひたになっていたお酢も、どこにも見当たらない。

おそるおそる、私は蛇口を捻って水を流してみた。


水が、排水溝に、吸い込まれていく…!

私は、勝利したのだ、この出口の見えない長い戦いから。

長かった…


排水溝が詰まったままであれば、私はこの記事を書くことができなかっただろう。きっと私は、いつまでも「排水溝の詰まりを見て見ぬフリをする男」であることすら公表できなかったのだ。

それが、排水溝の詰まりが解消できたことで、いけしゃあしゃあと「私は『排水溝の詰まりを見て見ぬフリをする男』でした〜」と公表する気になった。なんとも、二重に情けない。

ただ、それでも私は、この「情けなさ」について、きちんと書き記したいと思った。そこには不思議な“正義感”のようなものすら含まれている。「排水溝の詰まりを見て見ぬフリをする男」であることを公表しないままnoteを書き続けることは、読者にウソをついているようにすら感じられるのだ。これを書かずして、文章を書き続ける意義なんてない、とさえ思われる。


そして、今後排水溝が詰まることがなかったとしても、私はいつまでも「排水溝の詰まりを見て見ぬフリをする男」であり続けるだろう。それは私が背負った十字架であり、それを下ろすことはもはやできないのだ。


一方で、この文章を書けたことは、4年以上毎日コツコツとnoteを続けられた証左でもあるようにも思う。それを誇りに、これからも「排水溝の詰まりを見て見ぬフリをする男」としてnoteを書き続ける所存です。


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