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🍥燻製オイルサーディン🍥
スーパーの鮮魚コーナーに差し掛かったとき、私の脳に埋め込まれた燻製探知機がディン、と反応を示した。その先を見やると、ざるに重ねられた鰯が私の目をぢ、と見つめていたのだ。
鰯か…燻製にしてオイル煮──からのパスタでビールなんて、最高にもほどがあるな…
などと思い立ったはいいものの、缶詰で見るような小さいものではなく、15cmほどの中羽鰯である。
さて、どうしたものか。
私は目を瞑り、心を鰯にして彼に語りかけた。
きみは随分と大きいが──オイルで煮ても大丈夫かね。
──野暮なことを。煮ても焼いても、叩いたって最高なのです。あんまし詰まンないこと訊くとサーディンパンチで奥歯イワシますよ。
…きみが食えないやつということはよく判った。だが私がオイルで煮てみたい鰯は──もっとこう…小さなものなのだよ。
──それは差別なのです。アナタ僕をサベツするのですか僕が自認すれば小羽鰯にだってマグロにだってなれるのです。これはいわゆるツナ自認と言ってですね、多様性がタヨーセーガー。
こういう話の通じない鰯は、速やかに燻煙にかけオイルで煮て黙らせるに限る。
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パスタに使うので塩はやや強めだ
今回は時間の都合でピチットシートを使用したが、塩をふって冷蔵庫で1〜2時間寝かせドリップを出しても良い。ハーブを効かせたソミュール液に漬け込むのもありだろう。
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余計な水分を抜き臭みも取れるピチットシートだが、大ぶりとはいえ三枚に下ろした薄い身の鰯には強すぎる。脱水のしすぎには注意しておこう。
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脱水し終えた鰯を軽く風乾してから冷燻にかけていく。オイルで煮るまで、火通しは避けておきたいからだ。
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ミズナラにピートを加えた燻材で、3〜40分間強めに香りを付ける。色づきは淡めだが、ピーティーで良い仕上がりとなった。
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暗闇のなかを得体の知れないものがひたひたと歩きまわるように、得体の知れた鍋にオリーブオイルをひたひたに注ぐ。潰したにんにく、タイム、ローリエ、粒胡椒、鷹の爪を加え、弱火にかける。鰯への下味を最小限にして、ここで魚醤や白だしを加えてもうまそうだ。
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ふつふつとしてきたら、極弱火で1時間ほどじっくりと煮込んでいく。途中で辛抱できずに一尾をつまんでビールで優勝したことは秘密だ。
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しっかりと冷まして、冷蔵庫で寝かせる。
「週末にうまいサーディンパスタを食えるんだ」
といった具合に心に火を灯し、ウキウキと一週間を過ごす。この状態になれるだけでも作った甲斐があるというものだ。
さて、待ちに待った週末である。はやる気をそのままに保存容器を開けると、鰯やにんにく、ハーブの芳しさが台所にひろがり腹がくぅん、と仔犬の空返事のようにひとつ鳴った。
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漬けオイルごとフライパンに投入し、弱火にかける。
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温まってきたら、鰯の身とにんにくをほぐす。使わずに取っておいた「納豆のたれ」をふた袋加える。納豆のたれは、おひたしや冷奴、パスタにアヒージョの味付けにと、なにかと便利な調味料だ。持つべきものは気立ての良い女房と納豆のたれとはよく言ったものだが、この格言はもちろん即席なので人に話すのは避けたほうが賢明だろう。
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レモンの皮をすりおろして加える。国産とはいえ、無農薬のものはなかなか売っていないものだ。皮を使う場合は、しっかりと粗塩や重曹で表面を洗ったものを使っていく。
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パスタが茹であがる直前に、レモンを搾る。さわやかな香りが加わって、えも言われぬ芳しさに台所が包まれたので、「えも言われねぇな」とはじめて声に出してみたが、もう口に出すことはないだろう。
茹で汁を少し加えて和え、やや硬めのパスタを絡める。仕上げにEXオリーブオイルをまわしかけ胡椒をし、アフロ大葉をあしらって完成だ。
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この一週間、焦がれに焦がれたサーディンパスタを目前に、ブヒブヒと乱れる鼻息を抑えることが出来ない。ざくっと皿にフォークを刺して乱雑に巻きとり、大きな塊となったそれを口へ運ぶ。目を瞑り、味わい、そしてビールで食道を案内する。
なんて…うまいんだ…
ほんのりとスモーキーで塩の効いたサーディンと、旨味のオイルがたまらない。レモンの香りと大葉とで味が締まってフォークが進む。朝っぱらからビールを飲むという背徳感もあいまって、素晴らしい麺体験となったのだった。
食事を終えて歯を磨いていると、何か──いつもとちがう。それは、奥歯の違和であった。その正体を舌で探ると、銀歯が、今にも取れんばかりにがたついていた。
ふと──思い出す。
──あんまし詰まンないこと訊くとサーディンパンチで奥歯イワシますよ──
鰯の忠告は聞いておくものである。
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