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🍥ポトフ🍥




あまりの美味しさに、ほっぺたが potéeポテっと落ちたことが、豚肉と野菜のスープである「ポテ」の発祥と言われているが、もちろんいつもの虚言なので人に言うのは避けたほうがいいだろう。熱々のスープを吹きながら法螺ホラも吹くのが私の流儀なのだ。

それはさておき、たとえばあなたの恋人が、塩豚やベーコン、ソーセージを使った野菜たっぷりのスープを「今日はポトフよ」と食卓に並べているときに、

──なんだよ....

ポトフと言うから期待したら豚肉じゃないか

豚肉はポテ、牛肉が、ポ ト フ 

こんなこと、マルセイユで話したら──

──いい笑いモンだぜ?

などと「ご鞭撻べんたつ」をしようものなら、キレイさっぱりと縁が切れること請け合いだが、日本では肉と野菜のスープを総称して「ポトフ」と呼ぶのが一般的だ。上記のような気持ちの悪い蘊蓄うんちくを人に──特に女性に話すのは避けておこう。

じゃがいもの皮 にんじんの皮 たまねぎの皮
蕪の皮と葉 ねぎ頭 しいたけの軸や石づき

今日は、ポトフで使う野菜の切れ端や皮で出汁を取っていく。冷蔵庫に転がっていたねぎの頭も道連れだ。

1リットルほどの水と上記材料を火にかけ、沸騰したら弱火で30分ほど煮出していく。
ここは、やれSDGsだやれサステナブルだと意識高い系の人間になったつもりで調理するのがキモだ。

蛇足だが、この間「ゾンビ・サステナブル」という映画を見つけ、

──たしかに、死してなお元気に動くゾンビは究極の持続可能サステナブルと言えるのかもしれないな....

などと妙に合点がいって、まだ観ぬB級映画の表題タイトルをあてに晩酌をしたことは秘密だ。

さて、出汁を取っている間に、うすくオリーブ油をひいたフライパンで、しっかりと焼き目をつけていく。
焼いて野菜の色が濃い褐色、つまり「ええ焼き色」になることをメイラード反応という。これは、野菜に含まれる糖分とアミノ酸が結び付いて生じるメラノイジンという一種の旨味成分で──などと、理論的に説明されても全ッ然ピンと来ないが、つまり、

「ええ焼き色は料理をうまくするんやで」

ということだ。

ちなみに、貸した金などが回収不可能になった状態のことを「焦げつく」と言うが、こっちの焦げついた焼き目は色んな意味で「食えない」ので、金の貸し借りには気をつけておきたいところだ。

そして、主役であるベーコンを焼いていく。
我が家のベーコンは、保存性を高めるため、そして料理に使うため、塩分は高めに作ってある。したがって、料理、特にスープにはベーコンのスモーキーな出汁と塩味が加わるので、あとで塩を加えなくても味が決まることが多い。


肉を鉄フライパンやアルミパンで焼くと、鍋底にきつね色の焼き色が残るが、これもメイラード反応だ。フランスの料理用語では「スュック」という。

名前を呼ばれ、彼はスュックと立ちがあった

日本では上記のような擬音語オノマトペで使われるスュックだが、エルム街にて人々の夢に現れる、鋭利な鉤爪を装着した焼きただれた顔の殺人鬼のことも──そう呼ぶ。

いやソレ、スュックちゃう
フレディ・クルーガーやんけ

などという突っ込みが聴こえてきそうだが、私は何も間違ってはいない。

肉のうまみを鍋底に焼きつけるように、フレディ・クルーガーも、あなたの夜に悪夢を──

──焼きつけるのだから。




おっと──あやうく終わってしまうところだった。料理ポトフの完成前にエルム街の悪夢で終わってたまるか。

話を戻そう。

そのスュックを、酒や水、煮汁で煮溶かすことを「デグラッセ」と言うのだが、テフロン加工のフライパンでは鍋底にスュックは付きにくい。デグラッセしてソースやスープに使うときは、鉄パンやアルミパンを使うのが一般的だ。

ちなみに、デグラッセをする前に、ベーコンから出た余分な油脂を取り除いていく。この作業を「デグレッセ」という。

    スュックを煮溶かす→デグラッセ

    余分な油脂をのぞく→デグレッセ

よく似た響きの用語だが、性質はまったくちがう。
ケンタッキーと倦怠期ケンタイキーくらいちがう。

たとえばケンタッキーからは、こんがりと揚がったスパイシーなチキンが連想され、たちまち腹が鳴りケンタのクチになるが、倦怠期の夫婦喧嘩なんて目もあてられないし、犬も食わねぇ──おっと失礼。御犬もお召し上がりにならない。

デグラッセとデグレッセの理解が深まったところで、ベーコンを焼いて出た余計な油脂をキッチンペーパーでデグレッセし、白ワインをひと回し加え、木べらでスュックをこそぐようにデグラッセする。

鍋に移しておいた具材に野菜の出汁、デグラッセしたソース、ローリエを加え、ひと煮立ちしたら蓋をして弱火で2〜30分ほど煮込んで完成だ。


まずは熱々のスープをすすり、ハフホフと口のなかで転がしながら味わう。


おお──これはいい....


やわらかな野菜の滋味がベーコンのスモーキーな出汁と溶けあう。デグラッセの効果は覿面てきめんで、香ばしく深みのある味わいだ。

よく炊けた野菜たちは、口のなかに入った途端にとろりと溶け、ベーコンはホロホロとほどけていく。

日ごろ、麻辣シビカラの刺激物ばかり流し込まれ荒廃した胃が、やさしさに包まれ癒されていくのを私は祝福に似た気持ちで見守ったが、そもそも荒廃した原因も私にあったことを思い出し、己のサイコパス気質にほとほと嫌気が差したのだった。


コンソメをイチから作るのは手間がかかるけれど、キューブや顆粒を使わずに作ってみたい

といった熱量のポトフニストには、野菜くずから取る出汁はうってつけの方法かもしれない。自作ベーコンがなくても、塩漬け豚や市販の「ちょっといいウィンナー」と合わせれば美味しいスープが出来るのでオススメだ。


私は、今回の出来にあらためてポトフの可能性を感じ、

──牛バラベーコンの出汁はどうだろう....

──干した大根の皮と葉を煮てみたら....

──そういや、テールの燻製は試したことがないな....

──豚のすね肉でアイスヴァイン風もヤバそうだな....

などと、まだ見ぬ未来のポトフに焦がれて──食後のくせにぐぅぅ、とお腹がスュックのだった。


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