番号、消してもらえませんか?
「番号、消してもらえませんか?」
今では、この言葉を、おそらく誰も使わないだろう。
また、その言葉を言われたことのある人も、それほどいないと思う。
高校3年生、演劇部の女性の先輩。黒髪でハツラツとした女の人。
太陽が照り付ける夏の日。出会いは、ナイフを突きつけられるところから始まる。非常に稀な出会い方だが、演劇部なので、仕方ない。(後から聞いた話だが、僕の感情が乏しかったのでサプライズで刺激したかったとのこと)
お互いに自己紹介をすませ、当時、皆持っていた「N504is」を取り出し赤外線で電話番号を交換する。誰にも見つからないように。これは別に意味深じゃない。学校に携帯電話を持ち込むことが禁止されていたから。
SNSは人との出会い方を変えた。画面上のつぶやきや投稿内容から、その人のことを知る。その内容を知ってから出会う。現代では、自己紹介が後からついてくるらしい。
高校3年生にとって夏の大会が最後の部活動。大会への景気づけに公園で、花火をしたのを覚えている。皆が花火をする中、僕がひとり、ジャングルジムの上で涼んでいると、先輩がやってきた。そして、2人きりになったときに、例の言葉を言われる。
「番号、消してもらえませんか?」
いま思い出しても罪なセリフだ。先輩は僕が好意を持っているのを知らないふりをして、そのセリフを言ったんだから。
当時は、「LINE電話」じゃない。
「ブロック」や「ミュート」や「アカウント削除」とかもない。
連絡をとりたくなかったら、相手に「番号を消してほしい」とお願いするしかない時代。なんて時代だ!
SNSは人との別れ方を変えた。
どんなに好きな人が、夢破れ、故郷に帰ったとしても、SNSの画面上から見える風景は何も変わらない。近くにいても、遠くにいても。
「すれ違い」は、どんどん減ってる。Googleトレンドで調べてみてよ。年々検索クエリは減ってるよ。だって、今は繋がれるんだもの。シームレスなんだもの。
数年後、僕はTUTAYAで先輩を見かける。黒いキャップを目深にかぶって。そして、僕とすれ違う。たぶん、相手は気づいていないけど、僕は気づいていた。そのとき、僕はようやく「過去」にすることができたのかなぁ。まだ、SNSはない。でも、無くてよかったと思う。
SNSは、人とのすれ違いの仕方をも、変えてしまうんじゃないかと思うから。
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