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大学ってなんだ?
ようやく大学院生活も終わりを告げる。修士論文も仕上がり、先生からもOKをもらった。
2年間という期間は非常に長かった。何をしていいのか分からない時期、先のことを考えすぎて「自分は卒業できるのか」と不安に襲われる時期、ついついオーバーワークしすぎて心身のバランスがガタガタな時期に本当に悩まされた。
その苦労も功をなしたのか、クリスマスに入る前に修士論文が完成した。修士論文のせいで年末年始をゆっくり遅れない修士の学生も多いので、本当に嬉しい。
この時期、これまで懸命にやっていてもそういう状況にいる学生も多い中、2年間何をしていたのか分からない学生もそんな状況に置かれている。特に留学生に多い。おそらく2年間何もしていないのだろう。先日、うちの大学院生の研究発表会が開かれたが、彼らの研究はとても研究といえる内容ではなかった。修士号に匹敵しているレベルにも全く達していない。これは間違いなく語学の問題ではない。
にもかかわらず、彼らは修士号という学位を取得して卒業していくのだ。彼らの目的は、とりあえず修士という学歴だ。それしかない。
ほぼ2年間、何をしていたかわからない学生と、まじめにやるべきことに打ち込んだ学生。どちらも同じように学位を取得して卒業する。
なぜ不真面目な学生が卒業できるのか?
考えてみてほしい。指導する側は先生であり、一人の人間だ。日本語も危うい故、何度指導してもそれに応じないような留学生の面倒を見たいと思うか?語学が劣っても、モチベーションが高ければ良いが、そうではない。モチベーションも低ければ語学力も引い。こうなればもう指導側もうんざりなのだ。指導側は速く卒業させたいの一心だ。
熱心な学生にとってはなんだか切ない。私もそうだ。
自画自賛するわけではないが、この2年間、間違いなく彼ら留学生たちよりも熱心にやるべきことに打ち込んできた。にもかかわらず、私たちは同じように評価され、社会に出ても修士修了で認められていくのだろう。
最近、大学という期間が軽視されてきているが、この2年間という大学院生活で、それを目の当たりにした気がする。これでは軽視されて当たり前だ。これからも大学の価値というのはますますなくなっていってしまうのだろう。
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