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9DAYS

【489】

「この人のためになら死んでもいい。そんな人と出会ってしまったの」そう一点の曇りもなく言われたことがある。アスリートの選手宣誓さながらのそれはふいに見上げた流れ星の様に一瞬の瞬きみたいに砕け散った。らしい。
真夏だったはず。記憶の在り処は8月のこと。僕と彼女が出会ったのはきっと8月。最後に会ったのは9月だったからそうだ。断片的な夏の終わりのことを思い出してみる。

ローカル線の小さな駅で二両編成の電車から降りて花のない桜並木をゆっくり歩いた。時間は夕方だったけれど陽射しの強さは感じなんかったのは緊張のせいか。
君に連れられる様に歩く道は3度だけ歩いた道のり。1度目は君と君の友達と僕と僕の友達と。2度目は2人きり。3度目は僕が1人で歩いた。当然桜が咲いていることを見たことはないし、そこに並ぶのが桜だったのかさえも曖昧なのに今でもあの頃を辿ると鼻の奥の方で籠るような桜のにおいがする。もうさすがにもうその道のりは思い出すことも出来ない。

カッコいい話なんかじゃない。美談にするつもりはない。初めて告白をしたのは17歳のとき。
いとも簡単になかったことにされた恋心。

17歳の高校3年生からすれば年上の短大生は大人の女性だ。幼さなどなく、どこか自由で余裕があって今の自分を楽しんでいる様で。
それは人数合わせで参加した生涯初めての飲み会。「噂には聞いていたがこれが飲み会か…」と心の中で思ったのはそんな彼女の住むアパートにみんなで到着したときだった。いや、これもうまずいでしょ。ソワソワしたのは買い出した両手にいっぱいのアルコールと一人暮らしの女性の部屋に来てしまった戸惑い。カラオケだけかと思って来てみたらこの流れ。本当に想定外のこと。
これから何が始まるのかさえもわからないまま少しずつアルコールがプラスチックのコップに注がれて行った。初めての麦焼酎いいちこにオレンジジュースを混ぜて飲むなんて飲み方はあの日以来したことがない。そういう飲み方をするのが飲み会なんだって変な勘違いをしていたものだ。

「かんぱーい」
戸惑いは拭えないまま、ロフト付きのワンルームで盛り上がった時間。何を話したのか、どれだけ吞んだのか覚えていないけれど早い段階で一人、また一人と潰れていった。アルコールになんの免疫もなかったけれど血筋なのか僕だけケロッとしていて。
まぁある意味案の定の展開は起こる訳。白々しい言い方だけど気付いたらロフトに君と2人きりになっていた。吞み過ぎていた君のことを騙す様にして”してしまう”ことはきっと他愛もなかったけれど、バカ正直な性格の僕は上半身裸でいつからか真面目に介抱していた。ビニール袋を用意したり、水を飲ませたり。それが正しいやり方かわかならいけれど妙な責任感で必死になってた。しばらくして気分がだいぶ落ち着いたのか君はそのまま眠った。僕もその横で眠った。

翌朝散らかった部屋を片付けるときもまだ君は朦朧としたままで「ゆっくり休んで」と言い残し僕らは部屋を出た。

何日か過ぎてからポケベルでメッセージがあった。確か「あの日のお礼をしたい」とかそんな話。ただちょっと互いの肌に触れたぐらいなのに若さのせいなのか彼女のことが気になって仕方なくなっていた。"好き"だと思うまでは本当に早かったそれは情が入ったからだけなんだと今ならわかる。

彼女が通う短大からJR線だと2駅の僕の家に数日後やってきた。僕の部屋であの日の話をしたり、学校のことを話したり。ただまた会えた喜びは冷静さを保つには難しくなってた。隣に座る彼女の体温を感じると伝えずにはもういられなくて。
「言いたいことがあるんだけど」
といつの間にか切り出してた。彼女はもうわかっているようで「どうしたの?」とこちらをじっと見ている。
「いや、近いっすよね距離」
的外れなことを一言。照れ隠しなのもバレバレで「じゃなくて?」と問い詰められる。
「好きです。付き合ってください」
常套句だ。しかしそれ以外の選択はなかった。猛烈に恥ずかしい気持ちになってエアコンのない部屋で一人熱くて仕方なくなる。
ほどなくして「いいよ」と彼女の方から聞こえた思いもしない返事。彼女はわかっていて、僕もきっとこうなるのはわかっていたのだろう。初めて告白をして初めてOKもらって改めてのキスをした。
駅で彼女を見送る。少し暗くなってからの帰り道。高ぶる気持ちのままずっと傍にいれたらと思ってた。

2度目に彼女のアパートへ行ったときのこと。
もうそれは然るべくしてその流れにはなったのに。まだこちらからの"好き"なだけで居てくれるのでは?と少し冷静な自分がそこにいた。
「本当に好きになってくれたらしたい」
と、そう言って中途半端なところでやめた。
誰のための正義感なのか愛情なのか。不器用な気遣いは結果的に彼女を傷付けたのだろう。女心などわかりもしない僕はうぶで青いだけの少年だった。
勇気がないよ」彼女からその日言われた言葉の意味は一人帰る桜並木では理解することは難しかった。それは終わりの序章にもなっていたのかも知れない。

「この人のためになら死んでもいい。そんな人と出会ってしまったの」こう言って終わりを告げられた。彼女と会った3回目の日。理解出来るわけがない。君の気持ちはまだ僕のところまで届いてないことを感じていたからか君のその妙な覚悟の言葉には敵わないと感じてしまった。
部屋には入らずアパートの階段に座り話す。話したところで何もない。もう終わりなのだ。受け取れない愛情は行き場を失う。もうここには来ないだろう。そう思うとやけに切ない気持ちに包まれた。
夏が終わりの帰り道に吹く風は「もう終わりだよ」と言うみたいに真夏の火照りを和らげるかの様だった。

9DAYS。
これは初めての告白をしてから最後の言葉を聞くまでの時間。
なんでもない誰かとの雑談の中で「何人と付き合ったことあるの?」そんなことを聞かれたりする。その中に僕はこの9日間の恋も入れている。結果的に何も起こらなかった少し背伸びした17歳の秋。古着の赤いTシャツと色褪せたLevi'sと緑のオールスター。
たぶん涙はなかった。あっけなかったからではない。流すほどの涙はまだその期間だけでは貯めることは出来なかったからだ。

それから少し後になって彼女の友達と会うことがあった。偶然立ち寄った100均でその友達はバイトしていた。
「あれから彼女うまくやってます?」
なんとなく聞いてみた。
「それがさ、すぐに終わったの」
「死んでもいいとか言ってたのに?」
「まぁあのコ、魔性の女だからね」
「魔性の女…納得かも」
「でしょ?」そんなふうにレジカウンター越しで笑いあう。

17歳の夏の終わり僕の初めての告白は魔性の女に捧げたものだったんだ。




山崎まさよしの『振り向かない』。あの頃聴いてたことを思い出した。

二人ですごした季節は数えるほどしかないんだけど
泣いた顔、笑う顔まぶたに焼き付いてる
だけど、君をあの頃に戻しちゃいけない




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