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"プロダクトアウト"な事業開発に失敗しないための3箇条

起業や事業開発に関するセミナーやプログラムに参加すると、次のような問いを嫌というほど受ける。

「顧客の抱えている課題はなんですか?それはバーニング(=すぐに解決したい)ニーズですか?」

これに明確に答えることができない場合、次のステップ、すなわち「製品やサービスのプロトタイプを作ること」に進ませてもらえない。もちろん自己判断で無理やりプロトタイピングに入ってもいいのだが、間違いなくいい顔はされない。

ちなみに私自身は(最近は事業開発にも取り組んでいるが)元々研究者だ。新しい技術をつくったり、それを実装した製品(のプロトタイプ)を作ることが大好きなので、上記のような質問には正直うんざりすることもある。(早くプロトタイピングをさせて欲しい!)

もちろん、先輩起業家や投資家の経験・ノウハウに基づいてのアドバイスであることは重々理解している。でも、それが唯一の正しいアプローチなのだろうか?

技術や製品ありきの事業開発はダメ、顧客課題起点こそ正義なのか?

私の答えは"NO"だ。だが、気をつけるべき点が3つある。

前述の質問はいわゆる市場・顧客のニーズ起点(マーケットイン)型の事業開発のセオリーに基づいたものだ。まずは徹底的に顧客が成し遂げたいタスクや目標について理解を深め、どこに大きな課題(ペイン)があるかを解像度よく把握することが重要視される。重要な課題さえ特定できてしまえば、それをどうかこうにか解決してやれば、顧客はお金を払ってくれる。想定していた課題仮説が間違っていても、新しい仮説にピボットすればよく、時間的・金銭的コストも小さく済む(顧客インタビューくらいしかやっていないはずなので)。

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顧客起点でスタートし、マーケットシェアを獲得するまで。foundx.jpより。

一方で、「新しく開発した技術を使って新商品を作り、その後に売り先を探す」のが技術起点(プロダクトアウト)型の事業開発である。このアプローチが問題とされているのは、「せっかく製品を作ったのに、買ってくれる顧客がいない」という状況にしばしば陥るからだ。技術開発に数年、製品開発にも数年、相当の時間的・金銭的コストをかけても、市場や顧客にニーズがなければ買ってもらえない。

プロダクトアウト型は、ニーズが単純明快で「より性能の高い製品(例えば、より高速に処理できるコンピューター)」を作れば売れていた高度経済成長期には有効であったと言われている。一方現代は、先行きが不透明で将来や顧客ニーズの変化の予測が困難なVUCA時代。ニーズが多様化し、その移り変わりも早い世の中では、売り手が時間をかけて売りたいものを作っても、買い手からタイムリーに必要とされない、というわけである。

では、そんな「作ったけど売れない」事態を回避するにはどうしたらいいのか?研究者・技術者もやはりマーケットイン型の事業開発手法で取り組むべきなのか?

私は、プロダクトアウト型の事業開発手法がワークするケースも多いに存在すると考えている。「自分が取るべきはプロダクトアウト型の事業開発か?マーケットイン型か?」その判断基準になりうるポイントについて、私の考えを以下にまとめたいと思う。

ポイント1:あなたや会社にとって、プロトタイピングコストとユーザーリサーチコストのどちらが高いかを考える

起業や事業開発に関するセミナーにおいて、なぜ「市場・顧客起点のアプローチ」が重宝されるのか?答えは単純、前述した通り、製品やサービスのプロトタイプを作ってから顧客に「欲しいですか?」と聞くよりも、顧客ヒアリングを重ねて課題を特定したのちにプロトタイピングする方が、時間的・金銭的コストが少なく済むからだ。ただし、この考えには次のような、極めて重要な前提条件がある:

① あなたは起業家/事業開発者であり、研究者/技術者ではない。
② なので、プロトタイピングには外注(お金と時間)が必要だ。
③ また、あなたは常に顧客の側にいて、彼らに共感して課題を深く理解している。

あなたが研究者/技術者である場合、①はもちろんNOだし、②も大抵の場合はNOだと思う。実際にきちんとした製品に落とし込めないにしても、マニュアル対応のサービスとしてなんらかのプロトタイピングができるはずだ。最近は簡単にWebサイトを構築できるサービスもある。③もおそらくNOだろう。あなたがより深く理解しているのはソリューション自体やそれに関連する技術領域であって、市場や顧客についてではない。

プロダクトアウト型のアプローチを取るか否かを判断するための重要なポイントは②だ。自分たちである程度のプロトタイピングができ、慣れないユーザーインタビューで疲弊・混乱しているような状況であれば、必ずしもマーケットイン型のアプローチに拘る必要はない、と私は考えている。

③について、少し蛇足的な話を。研究者/技術者が自分たちが持っている技術や製品(ソリューション)を簡単にピボット(変更すること)ができないように、起業家/事業開発者もまた自分たちが持っている「顧客」や「市場」を簡単にはピボットできない。彼らは自分たちの顧客の業務プロセスや課題を深く理解しており、その「理解の深さ」が起業家/事業開発者としての強みになっている。なので「課題がないなら、別の業種に鞍替えしてみよう」とは、なかなかできないはずだ。

そう思うと、特定の技術領域を極めた研究者/技術者がソリューションをピボットできないのと、状況はとてもよく似ているなと感じる。

ポイント2:プロトタイプをできるだけ多くの顧客候補に当て、顧客をピボットする

顧客が実際に触って、挙動や最低限の価値を感じてもらえるだけのプロトタイプができたら次に取るべき行動は何か?それは「そのプロトタイプで解決できる課題を持っている顧客を探す」ことだ。これを徹底的に行うことが、プロダクトアウト型の事業開発を成功させるための肝になると、私は考えている。

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ただ、闇雲に顧客候補に会いに行っても打率は高くないだろう。それはある意味当然で、そもそも顧客課題の深堀りの部分をすっ飛ばしているわけだし、イノベーター理論でも革新的な製品に興味を示すのは顧客全体の20%弱だと言われている。なので、多少の工夫は必要だ。例えば、「実現できる価値を簡潔に、わかりやすく表現する」「プロトタイプをできるだけ多くの人の目に止めてもらう」などだ。とにかく、技術・製品の価値をシャープにわかりやすく説明できるようにした上で、できるだけ多くの顧客候補にぶつけていき、「良いね!」と言ってくれる顧客に当たるまで業種・ターゲットユーザーをピボットしていく泥臭い活動が必要になる。

これらの点については、それぞれ1本の記事になるくらいのボリュームのある話になるので、本稿では述べないことにさせていただきたい。

「技術・製品の価値を説明する」という点について、研究者/技術者がやってしまいがちな説明の仕方について触れておく。この観点で顧客に説明すべきは「他社と比べた技術・製品の優位性」ではない。他社と違う機能を持っていることが重要なのではなく、その機能によって「他社と違う顧客価値が生み出せるかどうか」である。何なら、「他社と違う」というのはなくても良いとさえ思う。顧客が重視するのは、「自社が必要としている価値が生み出せる技術・製品か」と「目の前で説明している人から買いたいか、その人と一緒に仕事がしたいか」だと思うからだ。

些細な点での他社との違いを強調するのに苦労するぐらいなら、他社と同じでも良いから「実現できる大きな価値と将来のビジョン」について、顧客と話を盛り上げる方がよっぽど有意義ではないだろうか。

またプロトタイプをできるだけ多くの人に見てもらうためのアプローチとして、技術にアート/エンタメ要素を組み合わせる手法もしばしば取られる。以下にいくつかの例を紹介しておく:

①裸眼でも立体的に見える映像技術のPR

②視線の先に花が咲く、遠隔視線推定技術のPR

ポイント3:あなたのWillのどの程度の部分を「技術・製品の研究開発」が占めているかを考える

事業開発において重要とされる3要素がWill(やりたいか)、Can(できるか)、Must(やるべきか/ニーズがあるか)であることはよく知られている思う。様々なステージで幾多の困難が立ちはだかる事業立ち上げにおいて、最後まで活動をやり切るためにWill(その事業を成功させたいという想い)が重要であることは言うまでもない。

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ただし、Willにもいくつかのタイプがあると私自身感じている。一般的に、起業家として重要視されるのは「顧客に寄り添い、彼らの課題を解決したいという強い想い」だろうと思う。これを心の底から持っている人の行動力は桁違いに多いと言うのが私の実感だ。

では技術や製品の事業化を目指す研究者や技術者が同じような想いを持ち、起業家と同様に行動(ユーザーリサーチなどの課題抽出のための活動)ができるだろうか。大抵の場合、難しい。ポイント1でも述べた通り、「常に顧客の側にいて、彼らに共感して課題を深く理解したい」と心の底から思っている研究者や技術者はほとんどいないだろう。となると、そういった重要な活動に情熱を注ぐことも、必然的に難しくなる。

やりたくない仕事(顧客課題抽出)は、なかなか進まない。そんな状況に陥るくらいであれば、「新しい技術・製品を世に出して価値を生み出したい」というWillに基づいて、さっさとやりたいこと(プロトタイピング)をしてしまえばいい。起業家が寝る間も惜しんで事業立ち上げに取り組む情熱を持っているように、研究者/技術者が同様の熱量で技術・製品開発に取り組む情熱を持っていると言うのも、これまた私の実感である。

ただし、プロトタイプをつくった後には、それを顧客候補に多数ぶつけるための活動(これは営業部門に依頼できる場合もある)や、実証実験のための活動が必要になることは頭に入れておかなければならない。

まとめ:自分が置かれている制約条件を正しく認識した上で、Willに基づいてプロダクトアウトを選択するのは間違っていない

と、私自身は強く思っている。もちろん、上記は「絶対に成功できるアプローチ」ではなく、「失敗を減らすためのアプローチ」であることはご認識いただければと思う。

また今回挙げたいくつかの残課題(どうやって効率よく顧客候補にプロトタイプをぶつければいいか)については、近々、私なりのソリューションを提示できると考えている。

楽しみにしていただければ幸いです。




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