【起業】強い起業家が持っている三要素
起業家の目指す姿として、「投資家や仲間、従業員など、周りの人を安心させることに十分配慮できる人」であるべきだというお話(参照「起業ここから」)をしましたが、もう少し踏み込んで、起業家を支えている三つの大きな柱について書いていこうと思います。
一、好きなこと
ビジネスで最も大切なのはお客様! と、いいたいところですが、こと、起業する、新規事業を立ち上げる、イノベーションを起こすということになると、まず第一は「好きなこと」を意識できるかどうかが大変重要になります。ファウンダー自身の「好き」に引っかかっていない事業はまず成功しないでしょう。
多くの場合「こうやれば儲かるのでは?」というアイデアから、起業しようとか、新規事業を立ち上げようと考えますが、ここから突然顧客の声を聞いたとしても、右往左往するばかりで何も決まらないのです。
数多のビジネス本からたくさんのフレームワークを持ち出して、型にはめてみたところで、そのときはまとまったような気がしていても、軸がなければすぐに倒れてしまうのです。
ここでいう「好き」は、「朝はパンよりもご飯が好き」というときに使う「好き」とはだいぶニュアンスが違います。例えば、周りの人に止められてもどうしてもやってしまうこと、いつも頭から離れない、自分でも説明がつかないくらい気になって気になってしかたないこと、あるいは、うっかり語りだすと自分一人で何時間でも話してしまうことなど、そういう一つ間違えば悪癖にもなりうるような類のものだと思ってください。
いわば、個々のファウンダーが持つ、独自の原動力に当たる部分で、これがないまま機械的に作業を繰り返しても事業はうまくいかないのです。
この「好き」についてはなかなかうまく説明しにくく、筆者のイメージに合う文献を探していたのですが、「Dark Horse『好きなことだけで生きる人』が成功する時代」というまさにイメージ通りのタイトルの書籍で語られている「好き」は筆者の持っているイメージに極めて近いものです。
この書籍の中では、いくつかの事例と共に、自分が好きと思えることに忠実に行動することの大切さが解説されています。
残念ながら、この本は起業家のために書かれたものではないため、この事例に挙がっている人たちのように行動してもよい起業家として成功するかどうかはわかりませんが、筆者のいう「好き」のイメージについてはこの書籍に書かれているような、少々偏執的で、場合によっては悪癖ともとれるような、扱いようによってはちょっと厄介なものです。
一般的に、学校に通ったり、職場の仲間や上司、部下と付き合ったりする中では、この手の「好き」について、我慢することがよいこととされています。ほとんどの人は子供の頃から時間をかけて自分の「好き」を意識の外へ追いやる訓練をしてきました。
ですので、自分の「好き」に気付くためには、この本の中でも示されているように徹底的な自己分析が必要です。
この本の中では「判定ゲーム」という自己分析法が示されていますが、その解説は3ページ程度にとどまっており、これを読んだだけでは実行するのは難しいかもしれません。
ですので、筆者はこの本の中に書かれている「判定ゲーム」をもう少し踏み込んで、実行しやすい形のワークシートにしています。このワークシートについては、また機会があれば別の記事でご紹介します。
二、独自のビジョン
二つ目は世の中を変えるビジョンです。ここでいうビジョンは、立ち上げた会社をどう発展させたいかというビジョンではなく、ファウンダー自身が世の中をこう変えないといけないという、「思い」に当たるものです。
スタートアップのビジョンというと、自分の立ち上げた会社をどうしたいのか、どこまで大きくしたいのか、どんな分野に展開したいのか、どこの市場を狙って、どこまで売り上げを伸ばしたい、どこまで利益を大きくしたい、など、即行動に繋がりそうなことに言及した方がいいように思いがちですが、ここでいうビジョンは、その手のものではありません。
ここでいうのは会社のビジョンや事業のビジョンというよりは、ファウンダー自身が持っているビジョンです。一旦、会社や事業を取り払っても、ファウンダー自身とファウンダーが思い描く未来の間に残るものでなければいけません。会社を立ち上げるとか、事業を興すとかは、このビジョンを実現するための手段であるべきなのです。
この思いを持つためには、ファウンダー個人が自ら社会課題に気付く必要があります。先に挙げた「好きなこと」がきっかけになることがあるかもしれません。迷ったらそこへ立ち返って考えるのもいいでしょう。ただ、必ずしもそうである必要はありません。
また、一般的に広く言及されている、少子高齢化、貧困問題、自然保護、温暖化対策など、これらの解決を目指すのは、悪いことではありませんが、それら、広く語られている社会課題がなぜ起こるのかとか、具体的に誰がどう困っているのかなどについて、ファウンダー自身の経験や体験をもとに、深く切り込んだ独自の社会課題を見つける必要があります。
そして、それを解決すれば世の中がどうなるのか、どんな世の中を実現したいのかを描いたものがここでいうビジョンになります。
このファウンダー自身が思い描く「独自のビジョン」と、先に説明したファウンダー個人の中にある「好きなこと」の間に、目指すべき事業があるのです。
三、直近の顧客
そして重要なのは「直近の顧客」です。これについてはあまり説明する必要はないかもしれませんが、一点注意するとすれば、あえて「直近の」とつけているところです。将来の顧客や未来の顧客ではなく直近の顧客が重要なのです。
いざ事業を立ち上げようというときに、実際にお金を支払ってくれる顧客がいなくては何もはじまりません。
ただ、間違えないで欲しいのは、何の思いもこもっていない雑多なものを機械的に売ってみて、食いついてきた人を直近の顧客と呼んではいけません。
ファウンダーのビジョンや好きなことを優先して、尚、目の前にいる顧客が、ここでいう「直近の顧客」です。どうにかしてこの人たちを見つけ出さなくてはいけません。
企業の中で新規事業を立ち上げる場合などは、既存事業の中に潜在的に存在しているかもしれませんが、たいていの場合は一から探し出すことになります。
ちょっと待てよ、事業の中身も決まっていないのに、顧客? 事業内容やビジネスモデルを検討するのが先だろうと考える人も多いかもしれません。確かに、顧客のことを考えるとビジネスモデルを考えざるを得ないのですが、間違っても、先にビジネスモデルを考えて、そこに顧客をあてはめてはいけません。
1990年代シリコンバレーの起業ブームを知っていると、つい「スタートアップ=画期的なビジネスモデル」と思いがちですが、ビジネスモデルは、顧客に合わせて考えればいいのです。
もう少し……
「STARTUP―アイデアから利益を生みだす組織マネジメント―」という書籍の「はじめに」からの引用です。
この原書「ALL IN STARTUP」が書かれたのが2014年。このころは、まだ「リーンスタートアップ」という言葉のもとに、思いついたプロダクトをとにかく早く世に出して、24時間365日、昼夜を惜しまず改良に改良を重ねるのがスタートアップの勝ち筋だと信じられていました。
エリック・リースの著書「リーンスタートアップ」を読めば、本来、リーンスタートアップとは、「とにかく早く世に出せ」というような乱暴なものではないことがわかります。
本来は、素早く顧客の潜在ニーズを引き出し、柔軟に事業を展開するための手法で、シードステージからアーリーステージのスタートアップは、基本的にはこの考え方に従ってマネージメントを行うべきです。
ただ、さまざまなメディアでいろいろな解釈をされながら、多少の誤解と共に広がったリーンスタートアップ手法一本槍では、あまりに成功率が低く、起業する側も投資する側も疲弊してしまうのです。
どうやらおかしいぞと、みんなが気付き始めた頃に、「まず顧客を探せ!」「顧客に訊け!」「顧客のペインを探せ!」という内容の書籍が出版され始めます。
自分のやりたい事業をポンと立ち上げてみて、後から顧客を探すのは大変です。まずうまくいかないでしょう。たとえ他人事であっても、この辛さを知っていると、どうやって顧客を見つけるかを第一に考え、何はなくとも顧客第一であるという主張は大変もっともらしく心に響きます。
また、ニーズでもウォンツでもなくペイン(痛み)であるという主張は、新しいビジネス用語が好きな人たちの印象に深く残ります。
ただし、これらの話の裏には、実は、ファウンダー自身が「何か軸になるものを既に持っている」という暗黙の前提が隠れているのです。
過去、思いついたものを安易に文字通り「好き放題」に開発して失敗を大量生産してしまった「リーンスタートアップ」に関する誤解が、ファウンダーが「好き」を語るときの見えない壁にもなりました。
「あなたの好きは関係ない、顧客に従いなさい」というわけです。
これは、既存事業の方向性を少し変えてみる場合などには有効なときもありますが、スタートアップには不向きな考え方です。
例えば、よくある起業ノウハウの解説本の通り、顧客の課題(痛み:ペイン)にフォーカスし、想定する顧客のもとに足を運び、複数のメンバーと共にいろんなフレームワークを使いながら議論を繰り返していると、知らないうちにどんどん本当にやりたかったことや得意なことから離れてしまい、気が付いたら、好きでもなければ得意でもないことを遮二無二やり続ける話になっていた。などということは、実際の起業に真面目にトライしたことのある人ならば、一度や二度は経験しているのではないでしょうか?
やはり、ファウンダー自身がしっかり自分と向き合い、自分の好きなことと、実現したい未来のビジョンの間に、自分の顧客を見つけ、自分の好きなことを最大限生かしながら、どうやって、この顧客をビジョンに描いた未来に連れていくのか、それを考え抜いた先に事業があるべきです。
そして、「好きなこと」「独自のビジョン」「直近の顧客」の、三要素について、自分はどんなものを持っているのかを説明しながら、周囲を説得し、資金を調達し、事業を具体化していくのが起業家の仕事なのです。
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