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感情なのか症状なのか
2度の会社員生活に失敗し、人生で2度目の無職になったとき、端的に言って死にたかった。
ありがたいことに実家暮らしなので職を失ったからといって明日住むところや食べ物に困ることはない。
やろうとは思ってないけど5年くらいなら普通に生かしてくれる環境だと思う。
貯金だってしてたから、急にめちゃくちゃな出費をしない限りは数ヶ月、数年働かなくても生きていける。
仕事がなくなり、使えるお金ももっている。
生きていようとさえ思えば数年はそれが叶う状態。
そこだけ見れば最高の状態のはずなのに死にたくて仕方なかった。
頭の中で、大人なのに仕事してないなんて恥ずかしいと責める声がする。
同級生は出世にむけて何かのリーダーをやっているのに私ときたら会社員ですらいられなかった。
キャリアもなく、もうお前にいける会社なんて無いしあったとしてもそんなお前を雇うくらいなのだから相当人に困っているブラック企業で入っても同じことを繰り返すだけだ。
どこにでもいけるはずなのに床とくっついて1ミリも動けない身体、これが終わらないなら普通の生活すらおくれない。
会社を突発的に離れる度に「あっ、人生終わった‥。」と思った。
仕事だけが人生じゃないけど、働いていたときは1日約8時間、通勤時間や準備を深めると24時間のうち10時間くらいは仕事や仕事に関することに使っているのだからもう1日のメインは仕事で一日が積み重なって出来ていく人生が仕事中心になってしまうのは仕方のないことだと思う。
とにかく職なしで未来への希望もなく、楽しいこともなく、ぐっすり寝れることもなく、頭の中からの責める声にKOされて一日中部屋の隅を見ている生活で、こんな生き方をするなら死んでしまいたいとすごく思っていた。
泥のように眠り、ほぼ記憶がない数ヶ月を経て身体が動くようになり外に出れるようになった。
ごはんが美味しいと思うしこれから秋の期間限定で出るお菓子やファーストフードを食べたいという気持ちが出てきた。
相変わらず職と展望はないけど、少し頭の声が弱まって「旅行いこうかな」なんて思えるようになった。
今になって思うとあの時の「死にたい」は私の感情ではなく病気の症状だったんだと思う。
この病気はその症状すら自分の感情のように思い込ませてしまうとても恐ろしいものだと思う。
今の私の感情は生きてみたい。
もしかしたらあなたのつらさも感情ではなく症状なのかもしれない。
症状だとしたら適切な休養と医療機関へ頼ることで軽くなったりなくなったりするかもしれない。
自分の感情をのっとられる前に、のっとられた後にそのレールにのせられないように周りを頼りながら少しずつ色んな感情を取り戻していきたい。
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