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短編小説:強制労働後、至高の一杯

「パパー? 大掃除するから、まずはお風呂宜しくね? 換気扇と、窓の下と天井とか壁といつも洗えない下のパネル外してお掃除お願いね?」

 これは私からすれば強制労働の開始の合図だ。
師走の休みの日。こっちも疲れ果ててようやくの休みの日だというのに困ったものである。しかし、抵抗すれば不機嫌の嵐に見舞われる為返事は決まっている。

「うんー。とりあえずお風呂ねぇ」

 とぼとぼと風呂場へ向かい、まずは風呂のエプロンと呼ばれる下の点検用パネルを外す。横になって先にネジを外さなければいけない所がある。

 背中が濡れるが、仕方がない。これはやらなければいけない任務なのだ。パネルを外したらブラシでカビを擦り落とし、一旦置いておく。

 次は換気扇。先に汚れを落としてしまう所を掃除する。箸に手口拭きを巻き付けて汚れを落としていく。昔、掃除用のま〇〇棒というものが流行ったことがあった。そんなようなものだ。

 さて、次は窓を拭いて周りの汚れを落とす。次に壁を専用の棒付きのワイパーで擦って汚れを落とす。そしたら最後にシャワーで流して。最後に床とカビの酷い部分。さっきのパネルにカビ取りハイターを吹き付けて一旦置いておく。

 休憩しようとリビングへ行く。その選択肢が間違えていたと後悔することになった。

「あっ、お風呂終わり?」
「いや、一旦カビ取りハイターで漬けてる」
「オッケー! じゃあ、キッチンの換気扇お願いね?」
「んー。わかった」

 私の返事は決まっている。休憩も許されないのだ。そして、換気扇の所に付けているフィルターを外して中の換気扇の様子を確認する。綺麗だからフィルターだけでいいな。そう判断すると実行に移す。

「換気扇どう?」
「中は綺麗だからフィルターだけかな」
「そっか。じゃあ、部屋の電気のホコリをこれで取ってちょうだい?」
「んー。わかった」

 背の小さい妻は高所の作業は全て私に任命する。わかっているのだ。任命役は妻で私は拒否権のない実行役なのだ。「イエッサー!」しか返事をしてはならない。

「あっ、ホコリ落としたら、掃除機かけてちょうだいね?」
「んー。わかったぁ」

 私の単調な返事から察することができるだろう。困ったことに感情が通っていない返事なのだ。言われた通りに実行する。中々ホコリを落とすのも掃除機をかけるのも一苦労である。

 普段は茶碗洗いしかしない私。妻にも感謝しつつ休みたい衝動に駆られる。何だかんだでもう夕方になろうとしていた。今日の午後は掃除で終わってしまった。

 妻は夕飯の準備をしていて、私の腹の虫を鳴かせるくらいにキッチンからいい匂いを漂わせている。ゴクリッと喉を鳴らしてしまった。疲れた時はあの一杯に限るよなぁ。

 妻が急に振り返り、冷蔵庫からビールを、戸棚からコップを持ってきてテーブルの私の席へ置いた。そして、コップに注ぐ。

「お疲れ様。掃除ありがと! おつまみ今出すから、飲んでていいわよ?」
「お、おう!」

 私は席につくとコップに注がれた金色の泡立つものを一気に喉に流した。ゴクゴクト流し込むと喉に炭酸がくる。

「ップハァァァ。美味い。これだよなぁ」
「ふふふっ。今日は頑張ってくれたものね。助かったわ。私じゃ出来ないから」
「あぁ。任せてくれ」
「ふふふっ。調子いいわねぇ」

 調子のいいことを言うと妻は呆れたように笑った。

 強制労働があったからこその、この至高の一杯なのだろう。

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