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新しい鞄を持てる幸せ

  今年もありがたくボーナスが支給されたので、新しい通勤用の鞄を買った。四角のカクッとしたフォルムで持ち手も長く、肩からかけやすくなっている。中も機能的な仕切りがいっぱいあって、A4サイズの書類もすっぽり。名のしれたブランドものとかではないけれど、大事なのは使いやすさだ。値段も手頃で、通勤に使うには申し分ない。店員さんに聞くと、ネイビーはこれで最後だという。「これください」と即決で購入した。

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毎日それなりの通勤用の服を身につけて、鞄を持ち、電車に乗って職場に行く。楽しみといえば、短い通勤時間の読書と音楽。そうやって毎朝電車に揺られて、早いもので今年の9月で5年経つ。

正社員として働いて、自立すること。長年それがわたしの夢で目標だった。そして今、両方叶っている。

ここにたどり着くまでとても長かった。就活がうまくいかず、大学卒業後、パートや嘱託職員で職場を転々としながら働いた。中には「3年働いたら正社員になれる」と言われて3年働いたこともある。仕事内容は明らかに時間内で終わるものではなく、残業代が一度も支払われることはなかったけれど、「正社員になれるなら」と思いながら働いていた。けれどなれなくて、わたしより後に入った人があっさりなった。社員さんが夏と冬、ボーナスの話題で盛り上がれるのが心底羨ましかった。

働きながら面接を受け続けていたけれど、正社員としてはなかなか採用されない。どうして、どうして、わたしだけこうなんだろう。面接を受けるたび、激しく落ち込んだ。

女性なら仕事よりもそろそろ女としての幸せを考えたほうがいいのでは。そんなことを言われるようになったとき、今の会社で初めて念願の正社員として採用された。29歳だった。


ここまでくるのにとても時間はかかったけれど、今までの経験が無駄だったか、と聞かれればそうではない。特にコールセンターのような部署で仕事をしていた経験は役に立っている。「世の中には色んな人がいる。自分の考えていることが決して当たり前ではない」ということを、頭だけでなく体で学んだ。それから「相手の主張を受け入れながら、どう自分の意見を伝えていくか」を会話する時に意識するようなったし、明らかに今の自分には理解できないことに対しても、まずは相手の話を聞いてみよう、という姿勢をとることができるようになった。

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世の中がこんな状況になってから、通勤時間にいつも見かけていた人たちをあまり見かけなくなった。家で仕事をしているのだろうか。わたしの働き方は時々通勤時間をずらす、という形で対応されるだけで、特に大きく変わることはなかった。

やっぱりそれなりの通勤用の服を身につけて、鞄を持って会社に行く。電車の中で読書する。音楽を聴く。

変わらざるを得ないことが続いた中、以前と変わらない働き方ができるのは、もう当たり前のことではない。変わらない働き方ができること。それが実は1番難しいことで、とてもありがたいことなのだと知った。新しいことが次から次へと始まっていく状況で、何も変わらない自分に焦りもあるけれど、小さなことから1歩ずつ。大きくなくても、その時の自分にできることを考えながら、これからも着実にしっかりやっていきたいと思っている。どこにいてもどういう雇用形態でも、周りがどう変わっていっても。歩みは遅いけれど、いつもそうやってきた。

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新しい通勤用鞄には、これからますます働いてもらいますぞ。これからもどうぞよろしく。

ありがとうございます。文章書きつづけます。