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また来年、桜に会う日まで

  「桜が散って欲しくない、もう少し咲いている姿を見ていたい」


 例年より遅く咲いた近所の桜をそれはそれなりに楽しんだはずなのに、桜吹雪を見るとなんとも淋しい思いがこみあげてくる。淋しさゆえに少々わがままになっていて、それはまるで「じいちゃん、ばあちゃん、帰らないでよぅ」と玄関先でわんわん泣き叫ぶ幼い子どものようだ。


    ふつふつとわくそんな気持ちを落ち着かせるように、先日、御室桜を見に仁和寺へ行った。

御室花まつり 


 御室桜は、京都の中でも咲き始めるのが最も遅いといわれる遅咲きの桜で、市内中心部の桜が散り始める頃に咲き始める。ここならまだ桜を楽しめるだろう、と思った。最後のチャンス。

背丈が低いのが、御室桜の特徴

 
 
 御室桜にはたくさんの人が集まっていて、写真を撮っていた。インバウンドの観光客も多い。可愛らしいワンピースを着た、西洋の女の子が桜をバックに目を伏し目がちにして、ちょっと背伸びした大人っぽい雰囲気でパパに写真を撮ってもらっていたのが、かわいかった。


この日はとてもいい天気だった



「御室の桜が咲いたら、今年の桜は終わり」

そのことばの通り、桜がはらはら散る様子を見ながら「ああ、今年の桜もとうとう終わってしまったんだなあ」と思った。自分のなかで泣き叫んでいた子どもも、泣き止んだ気がする。


咲くなともいえない、散るなともいえない、言ったところで桜はちゃんと咲いて、散っていく。わたしの勝手なわがままなんて、もちろん、知る由もない。


桜って立派だなあと思う。やることをやって、散り際まで美しいのだから。そして、物事は変わりゆくのが当たり前のことだと思い知らされる。「これを諸行無常というのかあ」なんてしみじみ思った。


平安時代から有名だったという仁和寺の桜。当時から桜の木の下で、人々が宴を楽しんでいたという。その桜が現代でも世界中から愛でられて、人々を魅了し続け、毎年変わらず咲き続けるとは、これは本当にものすごいことだと思う。


そう思うと、今年も綺麗な桜を見られたことに、感謝しかない。良かった。本当に良かった。


また来年も満開の桜が見れますように。
いや、見るんだ。


今年の桜 お気に入りの一枚



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