うっふぷりん と。
「写真撮ろうぜ」
そう言いだしたのはおそらく、弟だったと思う。
大人になって4人でちゃんと写真を撮るのは初めてかもしれない。
いつも誰かひとりが写真係になっていたから。
カメラが趣味の父が、デジタル1眼レフカメラをセルフタイマー設定にする。
わたし、弟、父、母の順番で横1列に並んだ。
カシャ、と音が鳴るものだと思っていたけど、鳴らないうちに撮影は終わっていた。
「今までありがとうな…!」弟の目から涙がぼろぼろこぼれた。
「もうそんな根性の別れじゃあるまいし」と口では言いながらも、母は涙ぐんで息子の肩に手を優しく置き、父は後ろでいつも通りニヤニヤ笑っている。
今日、弟が新居に移った。結婚生活の始まりだ。今の家にも荷物とりに来たりでちょくちょく帰ってくるだろうけど、もうメインの家はここではない。
わたしは今日、荷物を運ぶのを手伝うため、車で弟と一緒に新居へ向かった。
車の中ではいつも通り、しょうもない話や馬鹿な話で盛り上がった。
ラジオからは忌野清志郎さんの「デイ ドリーム ビリーバー」が流れている。
窓から全然見たことのない景色がどんどん流れていく。
するとある看板が目に入った。
「あっ、『うっふぷりん』や!!」
「なんなん、それ」
「なんか有名やん。食べたことないけど。紹介されてるん見たことある」
「へえ」
そういうと弟は近くの駐車場に車を停め出した。
「え、時間ないんじゃないの?」
「いいから、皆にお土産買って帰ったり」
店には色んな商品が並んでいる。
さんざん迷ったが、プレミアムを3つ、弟が半分払ってくれた。
それからふたたび新居に向かった。さっきよりもわたしたちの会話は少なくなっていた。
新居は当たり前だけどなんにもなかった。
ブレーカーの場所すらわからなくて、電気をつけるまでに時間がかかった。
がらんとした部屋に、2人で手分けして荷物を運んでいく。
それは何かの儀式みたいだった。
「ありがとうな」全部荷物を運び終えて駅まで送ってくれた弟は、わたしに手を差し出した。
「またね」わたしはその手を握って、ばいばいと手を振った。
もう外は真っ暗だった。
電車に揺れに合わせて、手にもっているうっふぷりんの袋の中から、時々ちんちん、と瓶と瓶がぶつかる音が聞こえる。
目の前のバーコード頭のサラリーマンが、携帯電話で誰かとこそこそ電話していた。
携帯電話からは女の人の大きな怒鳴り声が漏れている。サラリーマンは周りをちらちら気にしながら、電話越しに謝っていた。
奥様が怖い方なのだろうか?
でもこの人にも、がらんとした部屋からの、奥様との新生活の始まりがあったのだろうなぁと思うとしんみりした。
家に帰ると、行く前に撮った写真が置いてあった。父がプリントアウトしてくれたらしい。
わたしと弟はピースして、父は真顔で親指を立てて「グッド!!」のポーズをして、母はただただ笑顔だ。
わたしはいつも使っている手帳の中にその写真をしまった。
初めて食べたうっふぷりんプレミアムは、バニラの風味が口の中に広まって、甘くて濃厚で、とても美味しかった。
昔懐かしの牛乳瓶をちいさくしたようなかたちも、かわいい。
これから歩む2人の人生、こんなに甘くないだろうけど、ガンバレ。
口の中に甘味を残しながら、密かにエールを送った。
ありがとうございます。文章書きつづけます。