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ちょっくらチョコレート、渡しにいってくる

料理をするとき、「待つ」という時間が好きだ。

たとえば、炊飯器でお米が炊けるまでの時間。ひじき煮をつくるとき、落としぶたをして、ぐつぐつ煮る時間。しょうが焼きを焼く前に、豚肉と玉ねぎを、しょうが、みりん、酒、しょうゆに浸けておく時間。言い出すとキリがないけれど、長くても短くても、そういう「この工程をすれば、何かができあがる」、それを待つ時間が、とてもわくわくするのだ。

雪が溶けて春が来るのを待つのも、こんな感じなのだろうか、さすがに大袈裟か。そんなことを思いながら今、冷蔵庫でチョコレートが固まるのを、うとうとしながら2時間待っている。

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今日は2月14日、普段はあまり聞かないクラシック音楽を聞いちゃったりしながら、初めてチョコレートを作った。

材料は、銀紙の上から手でパキパキと割った、ブラックチョコレート。いつもより100円安かった生クリーム。普段は食べないあんずジャム。

雪平鍋に、生クリームとあんずジャムを入れて、弱火を入れる。くつくついってきたので火を止めて、チョコレートを入れて1分待つ。すると、チョコレートの角が余熱で少し、まるくなる。そのタイミングで、へらでゆっくりとしずかに、鍋を混ぜる。

ラップを敷いたタッパーに、とろとろに溶けたチョコレートを、平らにしながらうつす。冷蔵庫に入れて15分待つ。その間に、洗いものをすませる。15分経って、どうなっているか、様子を見る。ちょっと味見して、なんか足らんなあと思ったので、チョコレートがやわらかいうちに、素焼きナッツを砕いていれる。そして今、冷蔵庫に入れて、固まるのを待っているところだ。

このレシピは、小田真規子さんの「ユズジャムチョコ」を参考にしながら作った。(2月13日の毎日新聞掲載)本当はゆずジャムを使うレシピなのだけど、売っていなかったので、あんずジャムに。さて、どんなお味になるのか。

2時間経ったので、冷蔵庫の中からチョコレートを取り出す。ラップの上からさわると、あんなにとろとろだったチョコレートが、ちゃんと固まっている。タッパーを、ひっくりかえし、底をトントンたたき、皿のうえにチョコレートをぽこん、と出す。それを包丁で10等分に切る。

端っこをちょっと味見すると、ねっとりしたチョコレートの味が、口の中で広がった。あんずの味はあまりしないけれど、多分それがいい味を出しているんだと、思い込む。それを、アルミホイルに1つ1つ包んで、百均で買ったピンクのかわいい袋にいれ、最後に金のモールでくくった。自分用にも少し、残しておいた。

これからちょっくら、チョコレートを渡しにいってくる。

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「これ、あげるわ」

チョコレートを渡した相手は、祖母だ。ひとり暮らしの祖母は、本当に近くに住んでいて、時々様子を見にいくのだけど、最近忙しくて全然会えていなかった。

「なんやの、これ」

と、祖母はいきなり現れたわたしに包みを渡され、びっくりしている。

「今日はバレンタインやで、おばあちゃん」
というと、

「そうか、バレンタインか、まあ寒いから中に入り」と家の中に入れてくれた。

「これはあんたがつくったんか、すごいなあ、ほなよばれよか」

と、おばあちゃんが、コポコポお茶を淹れてくれる。そして、包んだアルミホイルをカサカサあけて、まだ口に入れていないのに、美味しい、と言った。

祖母の見事なフライングに、

「まだ食べてないやん」とわたしが笑いながら言うと、

「いや、今口に入れたやん、美味しいよ、美味しい」と言ってくれた。

こんなことをいうと笑われるかもしれないけれど、祖母とは前世では大親友だったのではないか、と思うほど、気が合う。誕生日も一緒。時々ちょっと喧嘩しても、すぐ仲直り。母と衝突したときは、よくこの祖母の家に駆け込んで、泣いた。

祖母は泣いているわたしに、

「そんなんで泣かんでもええ」

とよく言った。そんなことを言われて、わたしはまた勢いよく、わんわん泣いた。


祖母からは教わることも多かった。生活の知恵、工夫、刺繍。
小さな楽しみを見つけるのが、祖母は本当にうまいのだ。

 ◆

作ったチョコレートとお茶を飲みながらだらだらしゃべり、祖母は新しく始まる大河ドラマの話をしていた。


「このドラマ、今日から見るねん、渋沢栄一な、今の1万円の人やで」

というので、わたしは「ん?」と思って、
「おばあちゃん、今はまだ福沢諭吉やで」と言うと、
「いや、渋沢栄一や」と言い張る。
ほんなら1万円札を見てみよう、ということになって、おばあちゃんは財布から1万円札をとり出す。そこに印刷されていた人物は、なんと、渋沢栄一だった。



…ということになれば、世にも奇妙な物語が1つできそうなのだけど、そんなことはなく、福沢諭吉だった。ああ、ほんまやな、福沢諭吉やったわ、と、何事もなく祖母が知らん顔をしたのが、ちょっとくすりと笑えた。
本日2度目のフライング、未来を先取りだ。

 ◆

渋沢栄一は、2024年から1万円札の顔になる。その時はどうなってるんやろう、と思いながら、またこうやってこの家に、チョコレートやお菓子を持って、楽しく祖母とおしゃべりをできたらいいな、と思う。

ひとりで味見したときにはほとんどしなかった、あんずジャムの甘い味が、今ほんのりと舌の上で残っている。


ありがとうございます。文章書きつづけます。