心のバランスのとり方についての1つの提案 ― 酔って星空を眺めること
ぼくはわりとお酒は好きなほうだが、ここ2週間ほど飲んでない。ダイエットである。
禁酒というほどおおげさなことではなく、こういうことはよくある。酒とぼくとは遠慮のいらないあいだがらというか、つかず離れずのほどよい付き合いだ。
とはいえ、若いころはかなりのむちゃをしていた。また、親族にはアルコール依存症で亡くなった人もいるので、素質はあるはずだ。振り返ってみると、依存症になってもおかしくなかったと思える時期が、あったことはあった。そうならなかったのは、運がよかっただけだろう。
ところで、いまいちばんたのしい時間は、「うっすらと酔った状態で、イマイチな映画をぼんやりと見ている時間」である。最近飲んでいないので、ついついこんなことを書きたくなってしまうのだろうけど(笑)。
べろべろに酔ってしまうと映画を楽しむことはできないので、酔いは「うっすら」がいい。
また、優れた作品は気合を入れてみなければならないので、酔った状態で見るのには適さない。しらふの状態で見たら退屈なくらいの作品がちょうどいいのだ。見ているとも見ていないとも言えない微妙な時間がここちいい。
かつてある作家さんが(名前は忘れた)、「好きなことは?」と聞かれて
「酔って星空を眺めること」と答えていたけど、なんとなくつうじるところがあると感じる。
酔って星空を眺めるのが好きな人は、天体観測が好きなわけではないだろうし、べろんべろんに酔いたいのでもないはずだ。星空を見ているような見ていないような状態がここちいいのだろう。
ぼくもそうで、「酒で憂さを晴らす」のでもなく、張り詰めた気持ちで映画を「鑑賞する」のでもない。
酒と映画がシーソーのようにびみょうなバランスを保っている。その作家さんもおなじで、たぶん酒を飲むことだけでも、星空を眺めるだけでもうまくいかないはずだ。
これは、やりきれない現実に向き合って生きていく中で、心のバランスをとるためのうまいやり方だとおもう。酒にのめりこんだり、宗教にのめりこんだりしなくて済む。
だからといって「うっすらと酔いながらB級映画を見たらいいよ」とか「酔って星空を眺めようよ」などと人に勧める気はない。
これは方法論ではないのである。あえていうなら、なにかの条件を付けて好きなことをやることかな。
なんでもいいのだ。知らない街でラーメン屋に入るのが好きとか。雨の日に公園でタバコを吸うのが好きとかね。ちょっと斜めに取り組むというかな。条件付きの好きなことがあると、すこし心に余裕を持って生きていけるのかなあと思ったりしている。
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