【自己紹介】 私の生い立ち(暗黒の高校編)

高校時代 】 人生幸福度:-100未満 〜 30

私の高校時代は、一言で例えるなら「人生の暗黒時代」だった。
これまでの半生でいちばん地獄だった時期。
自分らしさをオープンにさらけ出せなかった時代。
俗にいう「黒歴史」ともいえるだろうか。

※ 自己紹介前編の「誕生〜中学編」までよりは分量が長くなる見込みなので、お時間が許せる方のみどうぞ読み進めてみてください。※
※ 今回は長くなるので、目次を作ってみました。ご参考までに... ※

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【目次】

1. 意に反した入学
2. 学校は収容所?不遇の高校生活
3. 学業と進路問題
4. 渾身の反骨パフォーマンス

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【1. 意に反した入学 】

中3になる手前での転入によるいじめ等の理不尽な処遇を受けながらも、
厳しい母から「学校を休んだらアンタの負けだ!」と叱られつつ、
何とか不登校を回避して中学を卒業した私は、
隣町の公立高校(進学校)に入学した。

本当は、県内で唯一 " 音楽科 " のある公立高校に進学したかったけど、
学歴至上主義である親の猛反対をくつがえせる知恵も力もなく、
結局、私の希望校の受験すらさせてもらえなかった。
この点は未だ人生において後悔している。
たとえ受験で失敗してもいいから私の希望校を受けたかったよ・・・
親と中学卒業後の進路について意見が対立するたび、
「だれのおかげでメシが食えてると思ってんだ!?」
という言葉で怒鳴られては言い返せず、いつも悔しい思いをしていた。

そんなわけで、少々...いや、それ以上は暗めの気持ちで
高校生活がスタートした。

転校後の地獄みたいな中学校生活よりはマシになってくれよな...

なんていう、わずかな淡い期待を抱きながら・・・


【2. 学校は収容所?不遇の高校生活 】

私が3年間通った高校は、地元では「進学校」として有名で、
そこの生徒だと名乗ると「ガリ勉なんだね」とレッテルを貼られる始末。
なかには「おお〜!頭いいんですね〜!」なんて一目置かれたりもしたが、
私は正直、それで気持ちよく優越感に浸れたことは一切なかった
その理由は、自分の意に反した進学先に入学してしまったことと、
私の高校生活そのものが充実したものではなかったからだと思う。

私の進学した高校は、とにかくプライベートの時間はゼロに等しかった。
全寮制の学校ではなかったが、始業前の朝補習に始まり放課後の部活が終わるまで学校から解放されない。部活が終わって家に帰っても、終わりの見えない大量の課題や必須の予習をこなして慢性的な寝不足に陥るような生活が3年間続いた。

土日も部活や課題に追われて、他校の友人とは遊びに行ける予定が合わず。
同じ高校の友人とはかろうじて遊びに行くことはできたけど、それでもそれができる機会はごく限られていた。

夏休みや冬休みの長期休業も名ばかり。
実際に暦上は休み期間に入っても課外授業と部活のある日が多くて、
実質いつもの学校生活と変わらない生活サイクルだった。
泊まりがけで家族旅行にいくなんてことは時間的に不可能だったね・・・

進学校とはいえ、私のクラスにはいじめのボスみたいな生徒がいた。
私と私の友人(陰キャラ)はいつも弄られる対象だった。
ある時、某SNSでの投稿が引き金となって「死ね」なんて書かれたメモが
私の靴箱に入れられていたこともあった。
この時も先生に通報したけど、対応は杜撰の極み。
そんなことしている暇があったら受験英単語を覚えろ!
なんて私が叱責される始末。
ほとんどの先生たちはこんな感じで人間味が皆無だった。
授業中もデキの悪い生徒に対して罵声を浴びせたりするし。

「ここは北朝鮮強制収容所かよ!?」なんて何度疑ったことか・・・
えん罪で理不尽にも服役を余儀なくされていたかのような有様だったよ。

性格が悪くとも学業成績が良い生徒は先生達から気に入られていた校風。
これにより、私は世の「不平等」や「理不尽」といった概念を
この頃から何となく理解しはじめていた。

今、思えば、私が通ってたような田舎の公立進学高校
現代の「ブラック企業」のような体質を帯びているようだとつくづく思う。


【 3. 学業と進路問題 】

学校の勉強も苦行の極みだった。
授業の進度が速すぎ かつ 難易度も高い。
それなのに、教え方が雑な先生も割と多い。
だが、全体の1%くらいいる天才脳をもつ生徒はどんなに質の悪い先生が教えても好成績をとるため、先生方はそれで満足してしまう。
それで結局、授業の質は改善されないまま「悪成績はその生徒の自己責任」とみなされていた。

進路関係もホント〜に選択の自由がなかった。
まず「大学進学を志望して当たり前」が暗黙のルール。
国公立大学か有名私立大学に合格する生徒が偉いとみなされていた。
学業成績の悪い生徒でも「最低限、地元の国公立大学に入れ」
といった進路指導を受ける。
もし仮に、進路希望で短大、専門学校、就職なんかを希望したら
問答無用で先生からバッシングを受けるような勢い。
...... これってパワハラかつ人権侵害じゃね?って今になって思う。

「 ああ、音楽科のある高校に進んで音楽大学を受験したかった・・・ 」

そんな気持ちを心の奥底に無理やり押し込めて、
私が1年目の夏に担任へ提出した進路希望は「第1志望:東京外国語大学」。
当時の担任はそれを見て、無表情の中にも見下すような目つきで
アンタには無理」ということを遠回しに言った。

実技の科目以外で唯一得意な科目が英語だったし、
" 外国 " という外の世界を知りたいと思い、外大を目指そうと思った。
英語なら校内順位も上位10%以内だったので、
自分にとって唯一、自己肯定感や自尊心を保てる分野だった。

だが、その後、徐々にメンタルが病んでいき、
受験科目全般が思ったように成績が伸びなかった。
英語だけできても外大合格には遠く及ばない。
そんな現実にも直面し、結局1年目の終わり頃には
外大を目指すことを泣く泣く諦めた

2年目になってからは外大よりも偏差値が低い国際関係学部のような系統の学部がある大学への進学を検討してそこを目指すようになった。


【 4. 渾身の反骨パフォーマンス 】

こんなにドス黒い高校時代でろくな思い出なんてないけど、
あえて " 良かった思い出 " を一つ上げるとすれば、
「高3のときの文化祭で反骨精神むき出しのパフォーマンスをしたこと」。

文化祭1日目が終わった後、学校の生徒や先生といった関係者だけ野外ステージに集まってカラオケ大会が開催され、私は勇気を振りしぼってそれに出場した。

その時に歌った曲は、尾崎豊の『15の夜』だった。
私が中学転校後の不遇で沈んでいたときに偶然TVから流れてきたという
深い思い入れのある曲だ。
GパンにGジャン、そしてサングラス姿。
こんな、デビュー当時の尾崎のような格好までしたっけな。

「心の一つも解りあえない〜 大人達をにらむ 〜〜!」
「とにかくもう、学校や家には帰りたくない〜〜!」
「大人達は心を捨てろ捨てろというが〜 俺は嫌なのさ〜〜!」

歌詞のなかで一番主張したいところを叫んで歌った。
1ミリも解り合えなかった先生や生徒らに向かって精一杯の気持ちをぶつけるようにパフォーマンスをした。
「これで明日から先生や生徒に嫌われてガン無視されてもいいや」
って勢いだった。
とにかく、不遇にさらされた学校生活の中でのやり場の無い気持ちをぶっつけたくて必至だった。

すると・・・

思いがけず最前列の男子生徒たち約10〜20人が一斉に歓声を上げて盛り上がり、私の気分はロック・スターだった

あの時は本当〜にビックリしたよ・・・
普段はまったく話したことのない男子たちが
あたかも私のファンであるかのように盛り上がってるんだもの・・・!
普段、陰キャラな私とは真逆のキャラでパフォーマンスして思いっきりドン引きされるだろうな...と予想してたから、余計にビックリした。

その渾身の反骨パフォーマンスをした翌日以降、私は一気に人気者!
・・・なんてことにはならなかったけど、
言いたいことは、ぜんぶ言ってやったぜ!!
という清々しい、どこか勝ち誇ったような気分に浸ることができた。

「パフォーマンスよかったよ!」と、翌日にこっそり声をかけてくれた
隣のクラスのAさんがいたり、私のパフォーマンスの録画をDVDにしてプレゼントしてくれたB先生がいたこともよく覚えてる。

そのB先生がくれたDVDは、10年経った今でも大切に保管している。
B先生とやらもパワハラ体質な先生の一人ではあったが、
後日、ほかの先生談によると「おれ、(私のパフォーマンスを見て) めちゃ感動した!」なんて、他の先生たちの前でも興奮して話していたらしい
なんだか・・・その後日談を聞いて思いっきり目頭が熱くなったわ・・・

この時の " 渾身の反骨パフォーマンス " を契機として、
「将来、音楽をやるにも反骨ロックの道を進んで
 尾崎のようなロック歌手を目指そうかな・・・?」
なんていう思いが芽生えた。

その気持ちは、大学入学と同時に一気に大爆発し、
その後はひたすらロック道へ傾倒することとなる。

この人生初となった反骨パフォーマンスから約半年後、
私は「〇〇高校」という名の " 強制収容所 " から解放された。
これは、支配からの卒業であり、闘いからの卒業
まさに、尾崎豊の『卒業』の歌詞そのものだった・・・


〜〜 大学時代 / 現在 編へつづく 〜〜


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