インターネット上最大の現代音楽コミュニティ、「スコアフォロワー」について
「スコアフォロワー」(Score Follower)は、インターネット上で最大の現代音楽リソース、コミュニティ。
毎シーズン開催されるYouTube上での作品募集は、バーチャル音楽祭のような次世代の現代音楽イベントで、世界中の誰もが参加できる。審査員には各国の著名な作曲家が在籍し、応募数やその倍率の高さから、「スコアフォロワー」に選出されることは、世界的な現代音楽フェスティバルでの入選とほぼ同じような意味合いを持ち始めている。近年では、その影響が特に若い世代の作曲家の間で顕著であり、ある種「スコアフォロワー」は新たな現代音楽の潮流となりつつある。
筆者の梅本は、2024年からスコアフォロワーの運営、チームメンバーであり、春公募の審査員も務めた。
本記事は、同団体についての考察、体験記と、約1年前に自身のホームページ上で行った、同団体の監督、創設者であるダン・トラムテ氏への短いインタビューである。英語圏を中心としたコミュニティのため、どうしても日本では知られていないことも多い「スコアフォロワー」。本記事は、まだこの存在をよく知らない日本のクラシック音楽・現代音楽ファン向けに書かれている。
私とスコアフォロワーの出会い
私がスコアフォロワーのYouTubeチャンネルを初めて知ったのは2016年、中学2年生(14歳)のときだった。現代音楽(contemporary music)というものを初めて知って、興味を持ってから、YouTubeで彼らのチャンネルがアップロードする動画を漁るようになった。私が独学で作曲を始めた(厳密には五線譜の書き方を探り始めた)中学3年生(15歳)のころ、いつも参照するのは音楽大学の図書館にある紙のスコアと、インターネットのスコアフォロワーだった。
私が監督のダンと初めて接触したのは、2022年、大学2年生(20歳)のときだった。InstagramのDM(個人チャット)で、スコアフォロワーの公式アカウントが、急に連絡をしてきた(その「中の人」がダンだと知ったのはもっと後のことだったのだが)。私が17歳の時に作曲した弦楽四重奏曲「フラッフィー・ピンク!」(Fluffy Pink!)をスコア・フォロワーのYouTubeチャンネルにアップしたいから、よかったら楽譜と音源を送って。という内容だった。私は喜んでデータを送信して、すぐにYouTubeにアップロードされた(彼らは公募だけでなく、たまに、このように個別に作家に連絡してキュレーションを行う)。
2023年にはまったく同じやり方で、チェロのための「萌え²少女」(Moe²Girl)という作品もチャンネルに公開された。私がダンにインタビュー(記事最後)を行ったのは、その直前だった。
運営への参加と公募の審査員
2024年には、スコアフォロワーのチームメンバー(運営)に招かれ、春の公募の審査員を務めることになった。応募数は500を超え、世界中から来た譜面と音源を採点した。
これまでに審査員を務めた日系の作曲家には、福岡似奈(Nina Fukuoka)、私の知人だと、桑原ゆう(Yu Kuwabara)と、ベン・ノブト(Ben Nobuto)がいる(敬称略)。桑原さんに関しては、数年前から長いことメンバーにいるようで、チームにはかなり貢献されている。
ちなみに、YouTubeに、スコアフォロワーでの審査について福岡さんとSaad Haddad氏のトーク動画がある。こちらもとても興味深いので、英語がわかる方は是非:
強まる現代音楽シーンへの影響力
振り返れば、私の欧米の現代音楽シーンにおけるチャンスのほとんどは、スコアフォロワーをきっかけとしていたと思う。最近だと、2024年になって、既にドイツの4つの大きな音楽祭: エスリンゲン音楽祭、テューリンゲン・バッハ週間、ZAMUS(ケルン古楽センター)古楽祭、ケーテン・バッハ音楽祭で作品が演奏され、また、ドイツ、ノルウェー、クロアチアの大きな音楽祭(まだ公表できないが)からの委嘱も舞い込んだが、これら全てのきっかけは、スコアフォロワーを覗いたキュレーターが私の作品を発見したことによる。12月にベルリンのラディアル・システム(Radialsystem)で再演される「フラッフィー・ピンク!」も、アメリカ人のキュレーターが同様に動画をみて、僕に連絡してきたことにきっかけがある。
こんなことが、数十年前には考えられただろうか?本来、その国に行かないと出会えなかった人々に、ネット上で出会う。まったく留学をせずに、外国でチャンスを得る。そんなことがほんとうに可能になってしまったことをこの私がいまに証明している。
インターネットが産んだこの強烈な存在は、間違いなく欧米の現代音楽のシーンに大きな影響を与えているだろう。ただ、アップロードされている作曲家の年齢層から見るに(基本的に公募制だから必然的な年齢層なのかもしれないが)、もしかすると、歳上の世代の作曲家の中にはこのインパクトに気づいていない人も多くいるのかもしれない。しかし、一つ言えるのは、こうしたインターネットにおける無限の可能性が、じわじわと様々な世界を変えつつあることだ。へたをすると、現時点で、このコミュニティが、一般的な作曲コンクールよりも、数倍、数十倍の影響力を持っている可能性がある。私はそう睨んでいる。
パリに住む友人の作曲家、ジュリアン・マロセナ(Julien Malaussena)は、こう語っている。
ほんとうに、私もその通りだと思う。
ネット黎明期の無秩序から秩序へ
YouTube黎明期、このプラットフォームはアナーキーな無法地帯だった。あらゆる人気映画が違法アップロードされ、広告もない、極めてアンダーグラウンドな世界だった。
同時に、クラシック音楽や現代音楽のコンテンツも、著作権侵害あたりまえの手段で堂々とアップロードされ続けていた。クラシック音楽や現代音楽の楽譜動画(スコアフォロワー動画)が次々とアップロードされ、多くの視聴回数を稼ぐようになったのが2010年代だった。
90年代〜0、10年代のインターネットの歴史というのは、そんなカオティックでアナーキーな世界が、だんだんと纏まりをみせ、法的に秩序だった世界に整備されていく歴史でもある。それはまるで、散らばった星屑が惑星を形作る宇宙のようだ。
2010年代に現れた「スコアフォロワー」は、そんなインターネットにおけるクラシック・現代音楽界隈に、新たな秩序をもたらした。彼らは欧米のほぼ全ての主要な楽譜出版社(ペータース、ショット、ベーレンライター、ユニバーサル・エディション、リコルディなど)やレコード会社と契約を結び、シェーンベルクやベルク、ウェーベルンといった古典から、ケージ、シャリーノ、ラッヘンマン、クラム、ドナトーニといった巨匠まで、正攻法でアップロードする方法を作り上げた。ハーバード大学などの教育機関とも連携し、公的にコンテンツへアクセスするネットワークも築き上げている。現代に生きる我々が、そして音楽家、研究者が、不可避にYouTubeで音楽の調べ物をするこの時代の避けられない事実を鑑みれば、彼らのこうした業績は、極めて重要なものだろう。
2024年8月27日 梅本佑利
スコアフォロワー(ScoreFollower)のTikTokプロジェクトはコンセプチュアルアート/音楽か? - スコアフォロワー創設者、Dan Tramte氏へショート・インタビュー
by 梅本佑利
(初出:2023年3月17日、noteに再掲)
近年、「スコアフォロワー」はTikTok上で奇妙なプロジェクトを行なっている。彼らは、TikTokで毎日溢れる「音」に関連する大量のインターネットミームを採譜する活動を行なっている。彼らはいったい何を考えているのか?作曲家の梅本佑利が「スコアフォロワー」の創設者でありディレクターのダン・トラムテ氏に短いインタビューを試みた。
梅本: スコアフォロワーのコンテンツ、特にTikTokをトランスクリプション(採譜)するプロジェクトには、非常に興味があります。こういった、コンテンツは、ヨハネス・クライドラー(作曲家)によるコンセプチュアル・ミュージックのように、スコアフォロワーによって作られた概念的な「芸術作品」と考えられるのでしょうか?それらの創作物は、現代のSNSやインターネットコンテンツを批評しているようにも見え、とても興味深く思っています。この点について、何か情報を提供していただけると幸いです。
トラムテ:私はヨハネスと友達ですし、確かに自分はコンセプチュアルな音楽をする人だと思っています。個人的には、私のこのTikTokプロジェクトをそういった美学的な観点で見たことはあまりないのですが、確かに関連性を感じます。私が考えるTikTokプロジェクトの最大のコンセプチュアルな要素は次のとおりです:
かわいい猫がピアノを演奏します。とてもかわいいです。しかし… 猫の上に楽譜が表示されると、猫がその作曲されたものを演奏しているように「暗示」されます(そして、それで、もちろん、格別にかわいい)。これによって、猫の役割というものが再構成されます。猫は、ランダムにキーを叩いて即興演奏しているのではなく、難解な楽譜を精密に解釈する、熟練した演奏家のように見えるのです。ある意味では、これは、猫のコンセプチュアル(概念的)な「エレベーテーション(昇華)」です。そして、ある意味では、現代音楽をからかっています(あまり軽蔑的な意味ではありません)、また、猫の即興演奏を今日の奇妙な音楽(現代音楽)と同等に扱っているのです。
I’m friends with Johannes, and I definitely identify as someone who does conceptual music. I haven’t looked at my tiktok project in those aesthetic terms so much personally, but I would definitely see a connection. The biggest conceptual component of the tiktok project in my opinion is this:
A cute cat plays piano. very cute but… If sheet music is displayed above the cat, it “implies” that the cat is performing a composition (which is, of course, extra cute). This reframes the role of the cat. The cat is not an improviser, poking at keys randomly; rather, the cat seems like they are interpreting a challenging score with virtuosic precision. In some ways it’s a conceptual “elevation” of a cat. In some ways, it pokes fun at contemporary music (but not in too derogatory) by equating the cat’s improv with the strange music of today.
トラムテ:個人的には、それはある意味で「コンセプチュアル」なプロジェクトですが、私はそれをそのような(コンセプチュアルな)観点で考えることにあまり時間を使いません。
But yeah, to me that is in a small way a “conceptual” project, but I haven’t spent too much time thinking of it in that way.
梅本: なんと、あなたはヨハネス・クライドラーさんと友達だったんですね!彼の作品「チャーツ・ミュージック」では、株価チャートを音楽に変換し、そこでは、Microsoftの自動作曲ソフトウェア、「ソングスミス」を使用することで、その作品のコンセプトがより明確になります。私が考えるのは、それと同じように、Score FollowerがTikTokやインターネット社会の構造自体を作品のコンセプトとして使用し、ここで言うクライドラー作品にとっての「ソングスミス」が、スコアフォロワーにとっての「TikTok」なのではないかと思ったんです。
梅本: では、スコアフォロワーにとって、このTikTokプロジェクトにはどのような意味があるのでしょうか?それらはジョークのようなもので、この質問自体がナンセンスでしょうか?
トラムテ:個人的には、私たちがTikTokで書き写している「ノイズ」と現代のコンサートホールで聞く「ノイズ」には根本的な違いはありません。どちらもヒッシー(威嚇的)で不協和であり、美しく、ナーリー(捻じ曲がった)なものです。「美しくナーリー」なノイズが、それらをつなぐ糸なのだと思います。
To me there’s no fundamental difference between the noise you hear us transcribing on tiktok and the noise you hear on the contemporary concert hall: just as hissy, dissonant, beautiful, and gnarly. That “beautifully gnarly” noise is the thread connecting the two.
梅本: 実は私は、日本/英語圏で、スコアフォロワーのTikTokプロジェクトのやり方を真似て、日本のTikTok上にある「音」にまつわるネットミーム(日本のTikTokやインターネットミームには、英語圏のミームとはまた違った、奇妙さや特徴があります)を採譜するプロジェクトを近々やりたいと思っています。(*追記:結局まだできていない)
トラムテ:あなたのトランスクリプションを見るのを楽しみにしています。
Would love to see your transcriptions.
梅本: ありがとうございました!
トラムテ:いえいえ!(今後も)連絡を取り合いましょう!
Of course! Let’s stay in touch.
スコアフォロワー・2024年秋シーズン公募について
フォロー・マイ・スコア2024(FMS24)は現代の作曲家の作品を促進し、キュレートする取り組みです。約80作品がScore Follower審査員によって選出されます。選出された作品は、スコアフォロワーのプロダクションチームによって「スコアビデオ」として動画編集され、YouTubeチャンネルにアップロードされます。 提出期限は2024年9月15日です。
選ばれた作品は2つのカテゴリーに分けられます:
フォロー・マイ・スコア(Follow My Score): Score Followerチームがビデオを作成します。楽譜や録音無しの場合(例:視覚的な要素などを含むメディア作品)でも提出可能です。その場合、ビデオへの外部リンクを必ず提出してください。
Scorefol.io Highlight: Scorefol.io(スコアビデオ編集用の公式ウェブサイト)で編集された作品、(楽譜と音源が既に同期編集された作品)はScorefol.io Highlightとしても審査対象になります。両カテゴリーのレベル的な違いはありませんが、既にユーザーによって編集された作品は、選出の可能性が高くなります。
結果通知は9月17日までに送信されます。この期間にスコアビデオを作りたい方は、以下のリンクを参考にして下さいscorefol.io/dashboard.
https://scorefol.io/dashboard.
この公募は既に作曲され、演奏またはメディアとして完成された作品が対象です。そのため、演奏審査はありません。
応募概要
提出期限: 2024年9月15日
1つ目の作品の提出は無料!
各作曲家は最大3作品まで提出できます。作品はウェブサイトから提出フォームに記入してください。
もし複数の作品を提出する場合、Scorefol.ioのサブスクリプション(課金)が提出用のウェブサイトで有効であることを確認してください。有効でない場合、1つ目の作品以外は審査から除外されることがあります。
各提出作品には楽譜とオーディオファイルを送付してください。高品質な録音が好まれます。
提出は、年齢、国籍、バックグラウンド背景を問わず、どなたでも可能です。
作品が選ばれた場合、関与する出版社、レコード会社、演奏者/アンサンブルから投稿の許可を得る必要があります。これが不可能だと思われる場合は、提出しないでください。概要欄に演奏者の名前を記載する必要があります。全ての許可が得られない場合、作品はアップロードできません。
作品の所要時間に制限はありません。
提出されたデータは匿名にしないでください。
作品は完成している必要があります。
提出はエレクトロニクスを含む作品も可能です。
大編成の為の作品、縦長の楽譜は、YouTubeの16:9横長フレームにうまく表示されません。そのため、室内楽やソロ作品を提出することをお勧めします。
楽譜の代わりに視覚的な映像作品も受け付けます。そのような作品が選出された場合、Mediated Scoresシリーズにアップロードされます。
以前に我々のチャンネルで紹介された作曲家も再び応募可能です。
Score Followerのチームメンバーや現審査員は応募できません。
作品を提出することにより、我々が楽譜の募集の期間中および終了後にあなたの作品をYouTubeチャンネルにアップロードすることを許可することに同意します。また、楽譜の募集やScorefol.io Highlightのプロモーション用としてあなたの作品を使用することにも同意します。あなたはあなたの作品に対するすべての権利を保持します。あなたの作品はScorefol.io Highlightからいつでも削除することができます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?