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僕は何度も来たことがあるのに

ふらりと新宿のブックオフに寄った際、献血ルームの看板が目に入った。最近まったくと言っていいほど社会の役に立ってないし、どこか罪滅ぼしみたいな気持ちで献血に行くことにした。

献血に行くのは初めてだ。厳密に言うと学生時代に1度チャレンジしようとしたのだけど、直近で海外に行っていたことを話すと「ごめんなさい」と断られた(マラリア等の菌が潜伏してる可能性があるという)。

受付がすこし混んでいた。目の前に並んでいる外国人の男性も手持ち無沙汰の模様。ふいに彼に話しかけられた。

「ナイスなカメラだね!」私が肩にかけていたカメラを見て、英語で彼は言う。聞き取りやすい英語。きっとアメリカ人だろう。

「え、待ってそれ、ソニーのα7ⅲじゃん!最新じゃーん!」と彼ははしゃぐ。

「へへ、ありがと」
慣れない献血ルームでやや緊張気味だった私の頬も、思わずゆるんだ。貯金をはたいて買ったカメラを褒めてもらえて素直にうれしかった。そういえば、以前アメリカに旅行したときも、すれ違いざまに “Nice Camera!!” と声をかけられたことが1度と言わずあった。一眼レフには珍しい、白のカメラ(メーカーはPENTAX)だったので、「こんなビューティフルなデジタル一眼レフ、初めて見たよ」なんて言ってくれる人もいた。ああ、褒め上手なお国柄ってこういうことか、と肌で感じた瞬間だった。


カメラトークに話が逸れてしまった。そう、献血。

彼の名前はケビン(仮名)。やっぱりアメリカから来たそうで、今は東京に住んでるという。

献血ビギナーの私とは反対に、ケビンは献血マスターだった。ちらりと見せてくれたカードには、過去の履歴がびっしり印字されていた。


と、ここで受付の女性が戻ってきたのだけど、彼女は私たちに向かって申し訳なさそうに頭を下げた。

「あなた、英語できるかしら?ちょっと伝えてほしいんだけど」

はぁ、少しなら・・と私がうなずくと、こう告げた。

「ここには英語を話せる人がいないの。申し訳ないけれど、今日ケビンさんに献血してもらうことはできない。帰ってもらえないかしら」

でも、ケビンのカード、履歴でいっぱいだよ!?!?

「前はいたのだけど・・今日は誰も話せなくって・・・」受付の女性が歯がゆそうに目を伏せる。

ケビンも困惑していた。
「献血の内容はわかってる。問診で何を聞かれるかもわかるよ?」

私が通訳をして、ふたり一緒に問診を受けられないか?とも聞いてみたのだけれど、個人情報だからそれは無理だとのことだった。ケビンだって簡単な日本語は話せるようだったけど、すこし専門的な言葉になると自信がないようだった。

「今まで何度も献血してきたのに・・・」

数分のやり取りのあとも、結論は変わらなかった。ケビンはうなだれたまま、じゃあねと力なく笑ってエレベーターに乗って行ってしまった。「ぽんず、そのカメラで、いい写真、撮るんだよ」と言い残して。

なんとなく後味の悪さを抱えたまま、私は受付し、血圧を測り、血管をあたためた。ケビンの分も、どうぞ私の血液を抜いてやってくださいまし!と即席のアツい使命感を抱えて。

ところが現実というものは残酷で、問診を受けていく中で私が献血できないことが発覚してしまった。理由は、1日前に飲んだ風邪薬。市販の薬ならOKな場合も多いらしいが、私が飲んだ種類のものは日にちを置かないと血液に影響が出てしまうらしい。

問診の先生は明るく気さくな方で、
「せっかく来ていただいたのにごめんなさいね」と何度も謝られた。

結局、血液も提供できず、ケビンの手助けもできず、ただあたたかいレモンジュースをご馳走になっただけだった。なんて無力。

ケビンも悲しそうだったけど、受付の女性もとても心苦しそうだった。その真ん中で、私はただしどろもどろするだけだった。ほかに何かできただろうか。魚の小骨がのどの奥にささったような鈍くて小さな痛みが、今も消えずにいる。


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