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病休を経て、私の未来への決意

8月1か月間、病休をとらせてもらった。
この1か月、鬱になった当初以来、自分自身とまた向き合い、これから自分はどうしていきたいのか、思考することができた。

私には、2つの夢がある。

1つ目、前からずっと言っていた、「障害があるなし関わらず、その子がその子らしく過ごせる場所をつくること」である。
既存の学校に合わない子たちの学べる場をつくりたい。いわゆる「フリースクール」だ。不登校になったから来るではなく、ここが合っているからここで学ぶ、という学びの場の選択肢のひとつの場にしたい。

私が思う学びの場は、子どもたち自身でルールややることを決めていくものだ。そこに障害のあるなしは関係ない。話し合っていて、なかなか理解ができない子がいたり、うまく自分の考えを言えない子がいたりしたら、どうしたら伝わるのか、言えるのかを子どもたちが自分で考えていく。伝える方法や言う方法はたくさんある。それを自分で考えて模索していくことで、コミュニケーションを深めていきたいと思っている。
大人は、教えるというよりは、「見守る」。子どもたち同士で学んでいくところにそっと寄り添っていくのだ。

2つ目、「人材育成のツールをつくること」だ。
放課後等デイサービスで働いている私にとって、これは強く感じた課題である。放課後等デイサービスは、障害がある子どもたちが通うところであるが、支援する側が障害について何も知らずに働いていることが多い。現在の制度上、特に障害について学んでいなくても、放課後等デイサービスで働くことができている。
しかし、障害についての理解がない支援者が働くことで、子どもたちを傷つける言動をする支援者もいた。結果、子どもたちに悪影響がでてしまったこともあった。私は、大学で特別支援教育について学んできたため、ある程度の知識と専門性はもっている。まだまだ勉強しなければならないと思っているし、実際に子どもたちと関わってわかることも多くある。今の職場では、この専門性を生かし、支援の方向性をいくつもつくり、他の支援者の方々へ伝えたりしてきた。
これは、放課後等デイサービスだけの話ではない。小・中・高等学校の先生、企業の方々、大きくいえば、今生きている人間すべてが、「特別支援教育」を学ぶべきだと思っている。
障害がある人も生きやすい、共生社会へ、と言われるが、それを実現するには、人類全員が「特別支援教育」について理解をしていくべきである。何も障害のある人たちを特別扱いしろとは言わない。むしろ、同じように接してほしい。その中で、苦手なことやできないことに対して、少し「工夫」があればできることが多いのである。
そうした少しの「工夫」のレパートリーを増やすツールをつくりたい。今は目に見えない「障害」が多くある。気になることがあれば気軽に相談しあったり、実際の事例を出した検討会をしたり、直接学校や企業に訪問して講演会や相談会をしたりできるような事業を設立したい。そうした中で障害のある人たちと関わる仕事をする「支援者」の人材育成をし、日本の教育や福祉の発展をうながしていきたいのである。

鬱をもっており、自分に負荷をかけることが難しい私にとって、どちらも私一人で実現することはできないであろう。
もし、この投稿を読んで、「おもしろそう!」「やってみたい!」と思った方がいたら、ぜひ連絡がほしい。具体的にどう進めていくか、これから考えていく段階だ。仲間がいるなら、私も安心して取り組むことができるであろう。


私は今27歳。来年の3月で28歳になる。
来年度は私にとって変化のある1年になると思われる。
それでも、この2つは実現したい。
早くても30歳になるまでに。遅くても35歳になるまでに。
教育や福祉の明るい未来のために、私は自分のできることをやっていく。