見出し画像

さよならポップコーン

「ポップコーンはもう買わない。」

私は心にそう決めて再び映画館に足を踏み入れた。映画を観る習慣は今までなかったし、同じ映画を観るなんて今日が初めて。

一度目の鑑賞は、平日の静かな昼間だった。芳ばしい香りとカーペットの紺色が心地いい。全ての足音が吸い込まれる広くて青暗い空間。薄暗い世界の奥にオレンジ色の売店が浮かんでいて、コーラの泡が下から上へと急ぐように昇っていく。最初に観に来た時は無限に湧き出るポップコーンをシャベルですくっていく光景に我慢できず、コーラとのセットを買った。

しかし、いざスクリーンの世界に吸い込まれた瞬間に、私はポップコーンを購入したことを後悔する。ちっともポップコーンを噛み締める暇がないのだ。咀嚼音はお煎餅と比べたら小さいけれど、この静けさにこのポリポリは…お寺でマラカスを鳴らすような気分だ。しかも口の中にポップコーンとキャラメルが弾けるタイミングで毎回静かになるのが憎らしい。

観たのは「BLUE GIANT」という今人気のジャズアニメ映画。思いのほかどハマりしてしまい、初めてもう一度観たいと思った。

演奏シーンがたくさんあるので、のんびり咀嚼する暇がない。きっと周りのお客さんもそうだろう。アクション映画なら食べ切れたかもしれない。どれくらい自分のポップコーン音が人に聴こえるのかは分からないが、何席か間隔を開けた先で鼻を啜りながら涙するおじさんを横目にポップコーンをガサガサポリポリするわけにはいかないのだ。そしてもれなく私も泣き散らし、ポップコーンは殆ど近くの公園で鳩に見守られながら食べた。

ポップコーンはもう買わない!

私は家に帰ってサウンドトラックを聴き込み直す。次の週にもう一度映画館へ。ルンルンで足を吸い込まれに踏み出す。前よりスムーズにチケットが流れ出てきて安心する。いい匂い。ギリギリまで芳ばしさに耐えてポップコーンを我慢する。代わりに少し割高だけどビールを購入する。ほろ酔いで聴く大音量はきっと楽しい。

そして私は大成功。ポップコーンポリポリなんぞにヒヤヒヤさせられることなく、耳を澄ませてもう一度号泣。

ご満悦で映画館を後にする。
空はまだ明るい。空いた両手をプラプラさせながら近くの公園をぐるりと一周する。頭の中でサウンドトラックが鳴り続ける。ホクホクの興奮と、観終わってしまった淋しさを引きずって。今度は本物の演奏を聴きに行ってみようか。

ポップコーンを持たない私は、また一つ大人になったような気がしている!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?