【短編】親ガチャ

「親ガチャ」
そんなこと、この国の歴史が始まった時から、存在してた。
否、この世界が始まった時から。
皇や貴族の子どもに生まれるか、農民の子どもに生まれるか。
恋に悩んで、見えない亡霊に悩まされて死ぬか、払いきれないほどの年貢を請求されて、働きすぎて死ぬか。
どこの世界でも同じように存在してきた「親ガチャ」。
なぜ、今更、親ガチャとか言うの?
そんなわかりきったことを。
たまに、そう、たまにね、トンビが鷹を産んだみたいな、突然変異な逸材が家系に現れて、宇宙のやり直しみたいなことが起こる。
まあ、そんなことは滅多にないけれど。

東京に隣接するそこそこ賑やかな街に生まれて、そのコミュニティで生きて、そこそこの高校を卒業して、そこそこの大学を出て、小さな会社に就職した。
世の中はリーマンショックの余波で不景気で、同級生たちも就活に苦しんでいたけれど、理系、しかも情報専門の自分は、中堅のWeb制作会社に正社員で採用された。
学生時代にバイト先で知り合った彼女と、1年ほど同棲したのち、そのまま結婚。
郊外に中古のマンションを買って、絵に描いたような平凡な結婚生活。
子どもには恵まれなかったけれど、それで夫婦仲が冷めることもなかった。
妻に選んだ女性は、大雑把で明るくて、私が小さなベンチャーに転職して、仕事で家を空けることが多くなっても、仕事のせいでなかなか旅行に行けなくても、文句ひとつ言わないし、自分の親のことも大切にしてくれたし、感謝している。

少し前に母が亡くなり、父親は認知症で施設に入っている。
ずっと順調だった仕事も、大口の取引先が渋り出して、この先どうなるかわからない。
妻もパートに出ているけれど、貯金もしてこなかったし、親の介護にもお金もかかる。

数十年ぶりに友だちから連絡が来て、職場近くの商業ビルにあるカフェで会うことになった。
友人は別の私立の学校に通っていたけれど、地元で割と有名だったサッカークラブに所属していて、何となく仲良くなった。
仕立ての良さそうなスーツに身を包んだスタイルのいい男が近づいてきた。
会うのは久しぶりだったけれど、何も変わっていないように見えた。
地元の信用金庫で課長をしていて、結婚して子どもが2人。
子どもは2人とも、大学までエスカレーターの小学校に通わせているらしい。
コーヒーを飲みながら、ひとしきり近況報告を終えると、向かい合って座っていた友人が言った。
「今度、市議選に出ることになったんだ」
そうだった。
こいつの親は、議員をしていた。
詳しくは知らなかったけれど、父親は元市長だったそうだ。
それで、久しぶりに連絡してきたというわけか。
信用金庫だって親の縁故だろう。
それで、親が引退したら、地盤と看板を引き継ぐってわけか。
こいつは、きっとこれからも、何の悩みもなく、幸せに暮らしていくのだろう。
その子どもたちも。

前に、職場の若い子が話していたことを思い出した。
親にお金があると、いい学校に行って、相応のレベルの友人に囲まれて、相応の彼女と出会って結婚して、子どもも同じような人生を歩むと。
たまに、一芸に秀でているか、容姿に恵まれていると、下剋上が起きることがあるとか。
そうでない限り、凡人は凡人のままか、ちょっとしたことで負のスパイラルに落ちるか。
一度落ちたら、そこから這い上がることは難しいとか。
なるほどね。
確かにその通りかもしれない。

目の前で、友人が話を続けている。
しばらく家族もいろいろ大変になるだろうから、この夏休みが最後のハワイになりそうだとぼやいていた。

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