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ショック!🇮🇹スタートアップのリアル給与事情。

CEOのトニー、COOのマッツとの面談を経て、サボ太郎は無事にイタリアで正社員契約を掴み取ることが内定した。あとは契約書にサインすればイタリアの地でプロダクトマネージャーのキャリアを積むことができる。だが、サボ太郎には気になる点が一つあった。給与だ。

イタリアの経済事情

サボ太郎はイタリアの経済状況が悪いことはなんとなく知っていた。イタリアに来て約一年、実生活でもイタリアの経済の調子がよくないことは感じる。街ゆく車も、道路も、建物もいろんなものがボロボロだ。ミラノのような都会はまだましで、地方へ行くとより顕著になる。50年前の車が現役で走っているのも珍しくない。古いものを大切に使うといえば聞こえはいいが、実態は買い替えができずに古いものを使わなくてはならない経済状況なのだ。

そのくせ、ミラノやローマなどの都会は物価が高い(もちろん、ロンドンやパリに比べれば安いのだが)。外食はランチで一人だいたい15~20€(日本円にして2,000~3,000円)だ。サボ太郎のミラノのボロアパートは1DKだが、家賃は日本円にして約15万円。東京にいた頃に住んでいた江東区の1LDKの築浅マンションの家賃と大して変わらない。

サボ太郎のイタリア人の妻と話していても、イタリアの給与は低いということは聞いていた。イタリア全体の平均給与は月収約1,600€(約23万円)で手取りは当然これよりも少ない。若者に限っていえば、月収約1,000€(約14万円)がボリュームゾーンらしい。実際、サボ太郎の妻の月収も似たようなものだった。

「そうは言っても、流石にそんな低いことはないだろう」

サボ太郎はたかをくくっていた。それは仕方のないことだった。なぜなら、サボ太郎は新卒以来、外資系IT企業で働いていたしMBA留学もした。MBA後は都内のベンチャー企業に就職したが、資金調達後だったこともありまずまずの給与だった。サボ太郎はこれまでずっと、トップレベルとは言えないがそれなりに高い給与水準の環境にいた。それに、プロダクトマネージャーは世界的に給与水準が高く需要もある専門職だ。いくらイタリアの給与が低いとはいえ、それなりに貰えるだろうと根拠のゆるい考えを持っていた。

ジョブ・オファー

CEOのトニーらとの面談から一週間ほど経ったころ、バックオフィスのカーラから一通のメールが届いた。そのメールにはあるファイルが添付されていた。雇用契約書だった。サボ太郎は緊張で息をのみつつ、ファイルを開いた。イタリア語で書かれた契約書で詳細はよくわからないが、数字はわかる。記載されている数字が何を意味するかで、待遇は大きく変わってくる。サボ太郎は翻訳アプリを使いながら契約書を慎重に読み解いていった。

読み解いていく中で日本では見慣れない手当を見つけた。この手当がどのようなものかによって、給与額は大きく変わる。どうやら、この手当は「基本給に追加されるもの」、もしくは「保証されるミニマムの手取り額」かどちらかを意味しているようだ。イタリア語ネイティブの妻に聞いてもよくわからなかったので、サボ太郎はカーラに直接聞くことにした。この手当が「基本給に追加されるもの」であれば、日本にいた時と給与額は大して変わらない。であれば、異なる文化、異なる言語の壁を乗り越えて同じ給与水準でキャリアを継続できる。ヨーロッパでのキャリアの第一歩としては上出来だ。

しばらくして、カーラから返事が来た。返事を読んで、サボ太郎は血の気が引いてスッと身体が冷たくなるのを感じた。

カーラ「この表記されている手当の額はミニマムの手取りの保証額です。給与が税金などで引かれて、この額に満たない場合に手当が発動されて足りない分を補填します。」

サボ太郎は沈黙した。提示された給与は、サボ太郎の新卒入社した外資系IT企業の初任給よりも低かったのだ。サボ太郎は何度も契約書とカーラからのメールを読み直した。当然、書いてある内容は変わることはない。サボ太郎の頭は一瞬真っ白になり、直後に色々な思考がよぎった。

「この額はぼくのインターンの仕事の評価なのか?」

「いや、待て。給与相場次第じゃないか。まずそこを把握しなければ。」

「そもそもイタリアじゃなく、他の国なら給与相場も上がるはずだ。」

「日本に帰るのも選択肢か?」

感情が動いている時に下手に動くとロクな結果にならないことはよく知っている。行動する前に、自分が置かれている状況を整理しなくてはならない。サボ太郎はまだ動揺を抑えられていない。だが、気持ちを落ち着かせて状況整理をするために、画面の割れたiPhoneを手に取りある人にメッセージを送った。

欧州スタートアップの給与事情

翌日、サボ太郎はある人とビデオMTGをしていた。相手はスペインのスタートアップで働いているMBA時代の先輩、鈴木だ。スペインとイタリアはヨーロッパの中でも比較的似た経済環境だ。スタートアップの環境も大きく差はないだろうと考えて、今回のオファーについて相談に乗ってもらうことにしたのだ。サボ太郎は、ジョブ・ディスクリプションやオファーの内容について一通り鈴木に話し、意見を求めた。

鈴木「こっちのスタートアップの待遇はそんなもんだよ。イタリアもスペインも給与水準はほとんど変わらない。僕も今のスタートアップに入ったときはそんな感じだったよ。僕も新卒の時より給与が下がったのが衝撃だった記憶があるね。でも、資金調達のタイミングで少し給与は上がったよ。」

サボ太郎「そうなんですね。正直オファーについて困惑してるんです。ジョブ・ロールはやりたいことにぴったりマッチしているので嬉しいんですけど、給与が想像以上に、ね。」

鈴木「今後ヨーロッパでキャリアを積んでいきたいなら、まずこっちで実績を残すことを最優先にした方がいいよ。こっちの会社に就職することが第一歩。やりたい仕事のオファーなら給与がある程度低くても受けて、そこからキャリアアップしていくのがいいと思うな。次のステップでドイツに移るとか、会社と一緒に成長していくとか。もちろん、何を優先するかはサボ太郎くん次第だけどね。」

サボ太郎「なるほどですね。」

鈴木に相談に乗ってもらったおかげで、イタリアやスペインのスタートアップ企業の給与水準はわかった。そして、サボ太郎が受けたオファーは妥当であることも理解した。だが、まだ気持ちが落ち着かない。

「こういう時は、とにかくモヤモヤを吐き出した方がいい。」

そう思い、サボ太郎はMBA留学時代の友人たちに愚痴を聞いてもらいつつ、率直な意見を聞くことにした。彼らとはとても仲良くさせてもらっているので気兼ねなく話せるし、忖度のないシビアな意見もくれる。そして、彼らはキャリア哲学や価値観がはっきりしているので、対話して共感や違和感を感じることでサボ太郎自身の価値観が浮き彫りになる。そうするとサボ太郎自身がどうしたいのかが自然と見えてくるのだ。早速、2人の友人に連絡をして意見を聞いた。

「仕事内容がやりたいことに合っているならオファー受けてもいいんじゃない?いずれ他の国に行くにしても、日本に戻るにしても、イタリアでの経験は活きると思うよ。」

「MBA卒がもらう給与じゃないよなぁ、その額は。日本に帰ってきてどこか会社受けたら?日本ならもっといい待遇の仕事がすぐ見つかるでしょ。もう若くもないし、家族もいるんだから稼がないとな。」

意見をもらった上で、サボ太郎は冷静に自分の心情と状況を見直した。どちらの意見も理解できる。だけど、それぞれの意見に対する感情は異なるものだった。

キャリア形成に迷いはつきもの

サボ太郎は迷った時は、まず、さまざまな情報や意見をもとに論理的に考えて判断を試みる。それでも違和感や迷いがある時は直感に身を任せるという意思判断プロセスを持っている。サボ太郎はキャリア形成は人生の一部と捉えていて、納得のいくまで考えたい性分だ。

サボ太郎は、これをいい機会と捉えて久しぶりに自己分析をしようと思った。本格的に自己分析をするのは、MBA留学中に就職活動をしていたとき以来だ。主に考えるのはこれらの項目だ。

  • 自身のこれまでのキャリアの棚卸し。自分がこれまで何をしてきて、どのようなことでじんわりとした楽しさを感じてきたか。

  • これからどうキャリアを築いていきたいか。どこで、何をして、どのような経験を積んでいきたいか。

  • どのような人生を送っていきたいか。キャリアだけでなく一人の人間としてどう生きていきたいか。その中でキャリアはどのような役割を果たすのか。

  • そのために今は何が必要なのか。何を重視すべきなのか。何を捨てなければいけないのか。

サボ太郎は「過去」、「未来」、そして「現在」という時間軸における自己分析を通して自身の価値観やキャリア観を明らかにし、今回のオポチュニティに対する納得のいく答えを出すことを試みた。


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