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【短編小説】雪のせい

今回の短編小説は、前回投稿した『不器用な僕の、雪の笑顔は君だった。』の続編になります。

短編でも読めますがお時間ありましたら併せて読んでいただけると幸いです。



「……結島ゆいしま先輩?どうしたんですか」
急にだんまりした僕を、助手席から不思議そうな顔で浅香あさかが見ていた。
「あぁ、いや。なんでもない。」
「いやいや、それで誤魔化せると思ってるんですか?」
5年も一緒に仕事をしていると、何かを誤魔化そうとしてもすぐにバレてしまう。
「実はさ、さっき浅香を待ってる間にこのラジオにリクエスト曲を送ったんだよ。そしたらその曲が流れたからびっくりして。」
「え、仕事中に?」
浅香が茶化すように言う。
「今そこはいいだろ。大体、待たせたのはどこの誰だよ。」
「安心してください。結島先輩が仕事中にラジオにリクエスト曲を送っていたことは2人だけの秘密にしてあげますから。」
「お前なぁ……」
完全に弱みを握られた。

「それより、この曲懐かしいですね。今日みたいに雪が降ると私も聴きたくなります。」
きっと、僕や浅香だけではないだろう。
雪が降った日に誰かを思い浮かべながらこの曲を思い出す人は沢山いるはずだ。

僕が思い出すのは、他の誰でもない。
今まさに隣にいる人の笑顔だった。

浅香は誰のことを思い浮かべてこの曲を聴きたくなるんだろう。

そんなことを知ったところで、なんの意味もない。
浅香の左薬指に光る銀色の指輪は、お腹を大事そうに撫でている。

「この曲聞いてる時、誰かのことを思い浮かべたりしますか?」
「え……?」
僕が聞こうと思ったことを尋ねられて、間抜けな声が口からこぼれた。
「変なこと聞いてすみません。」
「別に変じゃないけど……」
“同じこと聞こうと思ってたから驚いて”続きの言葉は飲み込んだ。

僕は真っ直ぐ前を見ながら答える。
「昔は好きな人を思い浮かべながら聞いてたよ。最近は、まぁ、そんなことはないけどさ。」
ハンドルを握る手に力が入る。
精一杯の強がりだった。

「…昔は?」
ダメだ。
嘘をついたことはバレている。
「そういう浅香は?誰かのこと思い浮かべたりする?」
嘘を追求される前に話を逸らす。
さっきまでお腹をさすっていた浅香の左手がぴたりと止まる。
「……先輩。」
「え?」
「結島先輩。」
「……え?」
「……だったらどうします?」
「え、な、どうしますって、どういうことだよ。」
真っ直ぐ進んでいたタイヤがいうこときかなくなり、車がウネウネと動く。
雪にハンドルを取られたのだ。
「ちょっと先輩。動揺しすぎですって。ちゃんと運転してくださいよ。」
ケラケラと笑いながら、僕の左肩を叩いてくる。
「この大雪の中運転してるんだから、少しくらい仕方ないだろ?」

図星だ。
心の動揺でハンドルが乱れたんだ。
「今先輩は3人の命を握ってるんですから、慎重にお願いしますね?」
「わかってる。わかってるから、脅すようなこと言うなよ。」
おちょくるような浅香の言葉の重みに、身体中の神経が研ぎ澄まされる。

僕と、浅香と、浅香のお腹の中にいる赤ちゃん。

“3人の命“
脳内で何度も反芻する。

「もうすぐ産休入るのか?」
「はい。あと1ヶ月ちょっとですね。」
「そうか。早いな。お前がお母さんになるなんて。」
「そうですね、自分でもびっくりします。お母さんになるんだなーって思っても実感湧かなくて。」
「あまり無理するなよ?って言っても子育ては大変だもんな。無理しちゃうよな、お前のことだから。」
一緒に働いていた大切な後輩がお母さんになることに、僕はまだ実感が湧かずにいた。

物思いに耽っていると、浅香がクスリと笑う。
「その言葉、そっくりそのまま先輩にお返しします。」
浅香の表情が、声色が、あまりにも優しく穏やかだった。
「……え?なんで?」
「だって先輩、鈍感なんですもん。仕事を抱え込んでても周りに気を遣って背負い込むし、誰かに頼るのも苦手だし。私が気づくまで1人で仕事進めようとするんだから。」
まるで子供を叱るお母さんの様な口調だ。
幼い頃に母親に叱られた時のように、僕は肩を落とす。
「ご名答。浅香にはバレバレだったわけだ。」
「そうですよ。なんでもお見通しです。」
浅香は左手で作った拳を自分の鼻の前に当てて『えっへん』と付け加えた。

「後輩に気を遣わせてちゃ、先輩失格だな。」
自分の情けなさを誤魔化すように情けなく笑う。
「だーかーら!そうじゃないんですって。」
「え?」
「もっと頼って欲しかったんです。私だけじゃなくて、結島先輩の同僚も先輩も、周りの人はみんなそう思ってますよ。頼って欲しいって。」
「……そうなのかな?」
「そうなんです!!ほんとこの人は、人の気持ちに鈍感なんですから。」
浅香は“お手上げ”のポーズをしながらため息をつく。
「ほんと、なんで気が付かないかなぁ……」
消えかかった声で浅香が言う。
「ん?なんか言った?」
「なんでもないです!それより先輩、さっきの信号右に曲がった方が早いですよ?」
「そう言うことは早く言えよ!」
「タイミング逃しちゃって。でも、もう1本先でも問題ないです。むしろ、向こうの道の方が車通りもあるから、道の雪も少ないかも。先輩の選んだ道は大抵安全ですから。」
「なんかわからないけど、意味深な感じだな。」
「そんなことないですよ。そのままの意味です。」

次の信号で右折すると、浅香が言ったとおり道の雪は少なく比較的安全な道だった。
これが僕が進んだ道。
自分が選んだことだ。

浅香に想いを伝えなかったことを、僕は後悔していない。
仕事のパートナーとして、後輩としてのこの関係を大切にすると決めたんだ。

来年も雪が降ったら、この曲を聞こう。

君の笑顔を思い浮かべながら。

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