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言葉が紡げなくなった私は、本と対話をはじめた。

文章が、書けなくなってしまった。

いつもなら思ったことはそのまま言葉にできるはずなのに、最近はうまく言葉にできなくなってしまった。心の中で「ことば」になる前のもやもやとした輪郭はつかめるけれど、それは形になる前に、霧のように消えてしまう。

そのたびに、残像が雨になって私のこころは少し悲しくなる。

はたから見ると全然大したことのない変化かもしれない。確かにそういう時があっても不思議はない。でも、私はどうしても不安だった。自分の言葉が消えていくことで、自分が感じ取るアンテナがさびてしまい、周りにある豊かなものに気づかなくなってしまう。そのまま心が貧しくなってしまいそうだった。

実は7月から会社員として働き始め、私は人生ではじめて、一人暮らしをはじめた。

私はもともと一人の時間が好きなタイプ。自分で何をするのか、どういうものを置くのか、何を食べるのかを決められることはとても心地よかった。でも、だれかとたわいのないことを話す機会は格段と減った。

自分も無意識にバランスをとろうと思ったのか、一人暮らしを始めてから本をとても読むようになった。自分の考えが凝り固まらないように、自分が思っていることを素直に出せる場所として本を求めた。

個人的には、読書は「本」を媒体に対話をすることだと思っている。本を読んでいる間、特に小説といったフィクションを読んでいる時、私たちは物語に没入しているように思えるけど、世界は一人一人かたちが違う。自分たちが見えている世界が少しずつ違うように、自分たちが没入している世界も、自分たちの心の土壌に構築していく。そして、世界に対して自分がどう思っているのかを潜在的に感じ、著者に問いかけているはずだ。

今回は潜在的にしている対話を言葉にしてみた。読み終わった本の最後のページに付箋で文章を書く。それは著者に対する手紙でもいいし、自分がその時思ったことでもいい。

とにかく自分が書きたいと思った言葉を本にはりつけた。ほんの数行だけど、なんだか著者に対して届かない手紙を書いているようで、おもばゆかった。


これは少し一方的な対話だけど、意外と面白い。そして、それを一覧にしてみるとどうなるのかなという興味がわいた。それを連ねると、ちょっとした文章になるかもしれない。
今回は最近読んだお気に入りの本とともに、その言葉を紹介する。


私の最近のお気に入り


「海を行くイタリア」内田洋子著

海という大きな「箱」の中で進むちいさな船「ラ・チチャ」
その船に乗り込む人が、
船の空気を訪れる土地の色にじわじわを染めていく。
旅は人が連れてくるものかもしれない。
人生も人が運んでくるものではないか。
内田さんの本を読むたびに思う。

私が貼り付けたふせんのコメント


「せつない話」山田詠美編

英語やほかの言語では表せない「せつない」という感情。
この本には「せつない」がさまざまな形で昇華されている。筆者は「せつないと思えるのは大人のぜいたく」と言っている。冷たい風が心に吹かれるような感情を「せつない」と素直に言えない私は、まだ大人ではないのかもしれない。

ふせんのコメント


「スティル・ライフ」池澤夏樹著

自分の内面世界を外側にどう接続するのか?それは私が10年かけて探求し、もがきつづけてきたテーマ。
私も主人公のように、佐々井のような人たちに出会い、視界にたくさんの補助線を引いてもらうことで、いま生きている気がする。

ふせんコメント


「薬指の標本」小川洋子著

自分のこころの底にあるものが、ふいに取り出される時がある。そのきっかけはささいなこと。人との出会い、別れ、標本、靴、六角形の形をした小さな部屋…。取り出されたものが思わぬものであったとき、自分が自分でなくなることに悲しみ、救われる気持ちになる。気がする。

ふせんコメント

「キャッチャー・イン・ザ・ライ」J・Dサリンジャー著 村上春樹訳

なにもかもが気に入らない。
一番気に入らないのは、なにもかも気に入らなくなっている孤独な自分。
そんな姿をユーモアとリズム感のある文章でつづった作品。
「ホールデン。君は結構イケてるよ」
私は彼にそう声をかけたい。

ふせんコメント

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お気に入りを並べてみると、時代も舞台も登場人物も全く異なる作品が集まって驚く。でもそれが「ものがたり」の醍醐味だと思う。本のいいところは現実では出会えない人に出会い、対話できること。ふせんを書きながらふと気づいた。

つぎはどんな本に出会うだろう。どんな世界でどんな人に出会えるだろう。
その世界が自分の心にどんな色や線を引いてくれるのだろうか。
私は今日も「ものがたり」を使って、たくさんの人に会いに行く。

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