見出し画像

怒涛の2日間を終えて【長男出産記録、最終回】

前回


産後の入院生活

NICUへでの息子との面会が終わり、旦那とも別れた。そのあとは陣痛室ではなく、入院部屋に戻ることになった。本来なら、きっと出産を終えた母子同室の人達と同じ場所に入院するだろうが、子どもはNICUにいるので、この部屋の私以外は妊婦さんだ。他の患者さんのベッドから胎児の心音を確認するNSTの音が響く部屋の中、病院から借りた搾乳機を使い
「私の存在はイレギュラーなんだろうな。」と考えていた。
他の母親と同じように、子どもとはいられない。妊婦でもない。孤独だった。

3時間に1回の搾乳。最初が肝心だと教えられたので、夜中も起こしてもらいながら(お手数をおかけして申し訳ないが相部屋だったのでアラームが使えなかった)、夜間は他の入院者を起こさないように授乳室で搾乳を続けていた。
その合間に許可をもらったシャワー、ごはん、細切れの睡眠、そして看護師さんの邪魔にならない程度に、NICUへ通った。

入院時は検査の時間を除いて、いつでも面会へ行っても良いといわれていたので、体を休めることを優先にはしていたが1日に何回か息子へ会いに行っていた。
10メートルほどの廊下をまっすぐ進んだらNICUへ着く。裂けた下腹部をかばいながら、長く長く感じる廊下を進み、息子に会いに行く。

相変わらずモニターの音「ピ…ピ…」という作動音、ヒーターなどのモーター音が静かな部屋に響いていた。
目を開けるでもなく、泣くでもなく、自重で肺がつぶれてしまわないように、うつぶせの息子の背に両手を当てて、
「可愛い子、大好きな息子、パパとママの宝物」
と、たくさん話しかけていた。

今回の出産で改めて「私と息子は運が良い」と感じていた。

怒涛の2日間を終えて感じたのは、地雷だらけの道を息子と2人ですり抜けてきた感覚だった。思考も行動も、少しでも間違うと2人とも命に関わったことになったかもしれない。すべてラッキーだけで、ここまで来た


病院のプレママ教室も他の人が12月予定日の中、1人だけ1月の予定日で参加をしていたこと。その時は場違いなのか?と不安だったが、出産の流れを理解できたこと。

父に出産後必要なものを買いにつれて行ってもらっていたのも12月でええんちゃうん?って思ってたけど出産の10日前に買いに行けたこと。それによってある程度出産の準備ができていたこと。

仕事は、前日に打ち合わせしてすり合わせてたため他の人でも引継ぎできるようになっていたこと。

搬送される日、仕事を午前中に切り上げて病院へ行けたこと。

クリニックの先生の対応が迅速で、救急車をすぐに手配してくれたこと。

救急車内でたらい回しにされず、スムーズに病院へ搬送されたこと。道も空いていたこと。(本来の出産日なら年末年始になっていたかもしれない。)

その病院が、家から通える圏内にあること。

息子がギリギリ32週までお腹の中にいてくれていたこと。

産まれたときに1500g超えていたこと。

胎児の呼吸器官を発達させるための注射が1回でも打てたこと。

先生が、たまたま内診してみようかって言ってくださったこと。
それによって、お産が進んでいたことがわかったこと。

旦那も、たまたま午後休みをもらって出産の立ち会いができたこと。

息子が産声を上げてくれたこと。

現代医療のおかげで、私も息子も生かされていること。

本来は触れないはずの大きさの息子の体に触れられること。

代わりにお世話をしてもらっているので、産後のボロボロな体を癒す時間があること。

たくさんの人(主に看護師さん)に愛情を持って接してもらえていること。


そして、
搬送から出産までの間、悪い想像がひとつも頭に思い浮かばなかったこと。

「息子は大丈夫かな…」
「二人ともダメになってしまうのかな…」
「産まれても生きられなかったらどうしよう…」

普段の私なら絶対に思っていた。けど、全く頭に浮かばなかった。

それは、息子が力強い心音を絶えず聞かせてくれていた。
旦那をはじめとする家族、友人、病院の看護師さん、助産師さん、先生が私と息子を信じてくれて、悪いことを想像させなかった。
それらのおかげで、私と息子は出産に集中して挑めた、そう思っている。

産休が短くなって損する~とか、
NICUに入るから入院代~とか、
クリニックのご飯食べたかった~とか、
全部、些細、些細〜👐って感じ笑

少しスピリチュアルかもしれないが、全て導かれた結果のような気がした。

NICUで大泣きした話

ただ、それも出産後までのことであった。私の退院が近づいてきて、現実が突きつけられる。

4人部屋で一番後に来たにも関わらず、一番先に退院することになりそうだと感じていた。
実際、1300㎖はあるといわれていた出血は1514㎖もあったが、輸血することもなく最短で退院することが決まった。

入院時はNICUへの面会がいつでもOKなのが、退院後は1日に1回、45分だけしか息子に会えなくなってしまう。
その日が近づいていたのであった。

退院の2日前、今までのように息子には会えなくなってしまう。
私が母親だとはわからなくなってしまうかもしれない。
産後のメンタルもあったと思う。
息子の背に両手を当てながら、
「私が普通に産んであげていたら…」
という気持ちがジワジワと浮かんできた。

「ごめんね…」
懺悔のように絞り出した声がでた。

「寂しい…」
と、看護師さんの前で涙が止まらなくなってしまった。
若い看護師さんなのに、心配させてしまって申し訳なかった。

こんなに運が良く、2人共生きていられるのに…。
今以上を求めてしまうのが人間の性。
息子はまだ、外の世界では生きられない。
頭ではそうわかっている。
でも、さみしくてさみしくて…
「できるだけ会いに行くから」と、
静かな息子に声をかけて、涙をとめることは出来なかった…。

カンガルーケア

「カンガルーケアをしませんか?」と、看護師さんから提案があった。
もしかすると読んでる方の中で、バースプランに書いたり、実際された方もいらっしゃるかもしれない。
カンガルーケアとはパパやママの胸の上で包んであげる抱っこのこと。
NICUでは、肌と肌が触れ合わせることから
赤ちゃんの体温が保たれたり、
呼吸が安定するなどの効果が認められているため推奨されている。

はじめて息子を抱っこできることになったのだ!
正直、息子の退院までそんなことはできないと思っていたので、とても嬉しい提案だった。
「赤ちゃんはお母さんに抱っこしてもらうために産まれてきたんだよ。」
その役目を果たせることが出来る!
私の退院日に予約をとって、少し寂しさが薄れたような気がした。

--------------------
ついにその日がきた。
退院日。そして、カンガルーケアの日。

私がいたベッドに新しい方が来られるとのことで、テキパキと退院準備をしていたら、看護師さんに「急かしたみたいでごめんなさい💦」と言われてしまった。私がいらちなだけなので、こちらこそ気を使わせてしまって申し訳ない…。これからのカンガルーケアも楽しみだったのもある。急いでも長くカンガルーケアができるわけではないのに早く準備を終わらせてしまった。

旦那と合流をし、コンビニで買ったお弁当でお昼を簡単に済ませた。
2人で時間までソワソワしながら待ち、NICUへ向かうことにした。
いつも息子がいる場所に、背もたれが倒れる立派な椅子が置かれていた。
それに座り、息子を待つ。
呼吸器やモニターをつけている息子は、
看護師さん3人がかりで私の所にやってきてくれた。
こちらが恐縮してしまうような大掛かりなイベントである。

いまでもあの時の感動は忘れない。

はじめての抱っこ。
頭の重み、体の温かさ、小さな小さな体。

息子は生きている。

嬉しかった。小さな命を体で感じられて。
保育器を飛び出して、はじめて手のひら以外で息子に触れ合える。
旦那も「こんな近くで見られることは今までなかったから」と、たくさん写真や動画を撮り、それ以上に近くで見つめていた。

私は、
抱っこできたことが嬉しくて、
この時間は長くないことが寂しくて、
涙が止まらなかった。

カンガルーケアにて。生後5日の息子。小さな手。

洋服の端を一生懸命握ってくれている小さな手。反射だとわかっている。
でも、「離れたくない」と言われているように思ってしまった。

私も、離れたくなかった。

しかし、時間はあっという間に過ぎ、別れの時が来てしまった。
また看護師さん3人がかりで保育器へ戻っていった息子を見送り、
「よろしくお願いします。」
看護師さんにそう告げ、旦那と2人、病院の中を進んでいく。
同じ時間に退院をされた方が、旦那さんと産まれた赤ちゃんと一緒に家族で写真を撮っているのを横目に。
私達があのように退院ができるのはいつになるのだろうか。
旦那には聞くことができなかった。また涙が出てしまいそうだから。
これからは子どもがいるのに2人暮らし。
丸かったはずのお腹をそっと撫でながら、寂しさを抱えて帰路についた。

いまの話

息子に約束した通り、できる限り毎日会いにいってる。
面会時間より、移動時間のほうが長い。
寂しい気持ちが無くなることはない。

結局、早産の理由はわからなかった。
きっと、体が無理をしていたのもあると思う。

息子は私たち夫婦にたくさんのことを教えてくれた。

母体が無理をしている。その限度。

現代医療のありがたさ。

赤子が泣くこと。
目が開いて見つめ合うこと。
抱っこして、抱きしめられて、触れ合えること。
そんな当たり前にできていることが「幸せ」だということ

命の尊さ。
そして、力強さ。

…いろんなことを教えてくれた。

保育器に入っていたことを思い出しては、甘やかしてしまいそうだ。
節目節目に、成長を感じて泣いてしまいそうだ。
もしかしたら、いざ始まった育児の忙しさにこの奇跡を忘れてしまうかもしれない。
そうだとしたら、ここに書き残せて良かった。


生後0日目からたくさんのハードルを乗り越えている息子へ。

あなたは私たちの誇りです。
これからどんな困難があってもあなたは乗り越えられる力を持っています。
一番近くで支えられるよう、父と母は精一杯努めます。

息子のペースで成長してください。
こんなに早く産まれてきた分、これからはゆっくりでもいいよ。

私達の可愛い子、大好きな息子。
あなたは私達の宝物。


予定日2ヵ月前に出産いたしました【長男出産記録】
おわり。


ここまでご覧いただきありがとうございました。
たくさんの方に読んでいただいたこと、送っていただいた「いいね」が励みになりました。
無事、書き終えることができたのは、そんな皆様のおかげです。
息子は順調に成長し、なんと近々退院予定です。
ここまで長かったなという気持ちと、あっという間だったという気持ち。
どちらも感じています。入院時もいろんなことがありました。

今後は、早産児である息子の成長過程なども書いていけたらと思います。
引き続き、よろしくお願いいたします。

2024.1.5
ゆり

この記事が参加している募集

noteでよかったこと

子どもの成長記録

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?