ラルヴァ~仮面の見せる夢~
神父様、私の告白を聞いて下さいますか?
聞いて下さいますよね。
ええ、そうなんです。
お医者様も誰も、私の話を聞いてくれないんです。
何度も何度もお願いして、
やっと神父様を呼んで下さったのです。
ああ神様、私をお許し下さい。
私はあの男の誘いに、まんまと乗ってしまいました。
あの男は悪魔です!
私を操って、人を滅ぼす悪魔。そうに違いないわ。
初めて出会ったのは、まだ私が幼かった10年近く前のこと。
私がアニス……当時飼っていた兎です。彼女にあげる草を摘みに、野原に行った時のことでした。
男の名前は、ラルヴァ。
彼を見た時、背筋が寒くなったのを覚えています。
背が高くて、肌は青白く、長い金髪を無造作に束ねていました。
手には猟銃を持っていて、幼い私はそれで怯えてしまったのかもしれません。
でも、彼は最初の印象とは違って、とても優しかったのです。
たびたび野原や森で会い、一緒に野イチゴを摘んだり、歌を歌ったりしてくれました。
彼と会う時は、いつも二人きりでした。
何故だかは分かりません。
友達を紹介しようと、野原に連れて行っても、彼は姿を現すことはありませんでした。
ええ、約束したことはなかったです。
街で会ったことも、一度も。
考えてみると、不思議なことですが。
でも、私も上級生になり、あまり野原に行くこともなくなっていました。
そう、ここ何年か、彼のことはすっかり忘れていました。
半月ほど前のことです。
母のお使いで、久しぶりに野原を横切ると、森の入口に彼がいました。
驚いたのは、昔とまったく様子が変わっていなかったことです。
彼は私に声を掛けました。
「久しぶりだね、ミア」
「ラルヴァ!元気だった?」
「私は相変わらずだよ。君はすっかり大きくなって」
この日は、彼は猟銃を持っていませんでした。
その代わり、手に何かを持っているのに、私は気付きました。
「それは、なに?」
「ああ、これ。
君へのプレゼントだよ」
「え?だって、私とここで会ったのは偶然でしょう」
彼は私をからかっているのだと、私は思いました。
「ふふ。虫の知らせってやつかも知れないね」
彼が私の目の前に差し出したのは、カーニヴァルの仮面でした。
謝肉祭に紳士淑女が付けるような、羽や造花で美しく装飾された仮面です。
でも、普通の仮面と違った部分が、一つだけありました。
目のところに穴が開いていないのです。
「この仮面をつけて誰かと話すと、話している相手の秘密が見える。
それを見て君がどうするか、それは君次第だ」
やっぱり、からかっているんだ。
でも、美しい仮面は十分に魅力的でした。
仮面を受け取って、私は彼と別れました。
この頃、私の家は昔のように幸福ではありませんでした。
父さんが、家を空けることが多くなっていたのです。
二人きりの食卓はさみしくて、母さんも憂鬱そうにしているので、私も辛くなりました。
「お仕事だから、仕方ないのよ」
自分に言い聞かせるように、母さんは呟きました。
私には仲の良い友達がいました。
近所に住む、4つ年上のエレオノーラ。
おてんばな私と違って、優雅で気品のあるエレオノーラは、私の憧れでした。
家にいるのも気づまりなので、私はエレオノーラの家に遊びに行くことにしました。
エレオノーラは喜んで私を迎えてくれ、美味しい紅茶と手作りのお菓子でもてなしてくれました。
私はエレオノーラに見せようと、例の仮面を持ってきていました。
「まあ、綺麗」
エレオノーラは喜んで、仮面を手に取って眺めました。
「どうしたの、これ」
「あのね、伯父様に頂いたの」
何となく、本当のことを言ってはいけないような気がして、私は咄嗟に嘘をつきました。
同時に、ラルヴァの言葉を思い出しました。
「この仮面をつけて誰かと話すと、話している相手の秘密が見える。
それを見て君がどうするか、それは君次第だ」
彼が私をからかっているのだと思ったので、仮面はまだ一度もつけていませんでした。
私は仮面を取り、そして被りました。
「どう?似合うかしら」
「あら、良く似合っていてよ。謝肉祭には、それを着けて舞踏会にお行きなさいな」
彼女の声を聞きながら、目の前にもやもやと映像が浮かんでくるのを、私は見ていました。
そして……。
私は気を失ったようでした。
次に気づいた時、私は自分のベッドに寝ていました。
顔や手足が、やけにベタベタします。
「なんだろう」
手を目の前にかざすと、掌が真っ赤に染まっているではありませんか。
びっくりして起き上がると、部屋には何人もの灰色の服の人たちがいました。
彼らは物も言わずに、ベッドの周りを取り囲みました。
その人たちに連れてこられ、私はこの狭い部屋に閉じ込められました。
エレオノーラや父さんや母さんがどうなったのか、私は知りません。
え?私が見た、エレオノーラの秘密、ですか?
……あの子、私の父さんとこっそり会っていたんです。
父さんがあまり家に帰らなくなったのは、そのせいだったんだわ。
二人は、宿屋かどこかの小さな部屋で抱き合ってました。
でも私は別に、エレオノーラや父さんに憎しみや殺意を抱きはしませんでした。
なあんだ、秘密ってそんなこと?って胸の内で呟いたのを覚えてます。
エレオノーラに対する憧れの気持ちは、すっかり無くなってしまったけれど。
……眠っている私を操ったのは、きっとあの仮面。
そうに違いないわ。
でも、私の話を聞いてくれる人は、誰もいません。
あの仮面は悪魔の道具。危険なのに。
誰かが被る前に、処分してしまわなければ……。
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