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透明な夜、君を迎えに 第三話

カレは、自分のことをあまり喋らない。

まあ、それも当然か。
連続殺人犯になるような人生なんて、あまり楽しいものじゃなさそうだし。

でも、わたしはしつこく聞き出そうとした。
わたしの、何かに対する感情は、0か100かだ。
カレのことは、何もかもすべて知り尽くしたい。

「透夜」

「なに?」

「最初に人殺したのって、いつ?」

「……いいじゃない、そんな昔の話」

「だってわたし、何も知らないままじゃ、嫉妬で夜も眠れないよ」

「それ、知ったら治まるの?ていうか、普通最初に好きになった女の子とか、最初に付き合った人のこと聞くんじゃない?」

「え、付き合ったことあるの?」

「……ないけど」

そんなの、聞かなくたって分かる。たとえカモフラージュにしたって、カレが普通の恋愛関係を維持することができるとは思えない。

「莉那って、相当変わってるよね」

そう言ってから、カレは小声で付け足した。

「だから、僕が惹かれるんだろうけど」

それから、観念したように目を瞑り、頭を反らせた。

「15歳の時だったかな。相手は、父さんの愛人」

「どうやって?」

「殺すつもりなんかなかった。
その人は僕に優しかったし、はじめは嫌いじゃなかったよ。
けどある時から、我慢できないことが起こって、その時も……」

カレは言い淀んだ。
そこは、追及しないであげよう。

「もみ合いになって。
向こうが、首を絞めてきたんだ」

「……それで?」

「観念したふりして力を抜いて、相手の力が緩んだ隙に、全力で跳ね飛ばした。
そしたら相手は、机の角に頭をぶつけて、動かなくなった。
僕は頭がカッとなって、動かない相手にむしゃぶりついて、何度も、何度も頭を床に叩きつけてた。
そうしないとまた相手が自分に危害を加えるんだ、って。
今思うと強迫観念に憑りつかれてたんだろうね」

「……」

「父さんは外科医で、うちは個人病院だったんだけど、母さんは父さんの女性関係に嫌気がさして、当時は別居してた。
離婚しなかったのは、経済的な理由が大きかったんだろうな。
回診から帰ってきた父さんは、愛人の死体を見て、何があったんだ、って僕を怒鳴りつけたよ。
僕が震えながら事情を説明したら、しばらく頭を抱えてたけど、死体の処理は何とかする、って。
スタッフにも手伝わせて死亡診断書を捏造して、何かの事件に巻き込まれたことにしたみたいだ。

これに懲りたのか、父さんはそれ以来ぱったり女性と関係を持つことは止めた。
母さんも戻ってきて、家庭は平和になったから、良かったんだけどね」

「でも、あなたは違ったんでしょ」

「うん。
僕は、あの時のことが忘れられなくて。
自分が何を求めているのか分からないまま、夜な夜な繁華街を歩き回るようになった。
女なんて金さえあれば、すごく簡単に手に入るんだよね。

でもね、どんな美人がどんな魅力的な服装で何を囁いてくれても、何も楽しくないんだよね。
唇を重ねても、体を寄せ合っても、何も感じない。

そんな時、イベントで知り合った一人の女の子に、相当精神的に病んでる子だったんだけど、もう生きてるのは耐えられない、殺して。って言われて、それが二人目」

胸にズキッと痛みが走った。
なんだろ、この感情。

「結局、殺すんじゃなくて、その子が死ぬのを見届ける、ってことなったんだけどね。
何度も自殺に失敗してるから、確実に死にたかったみたい。
その子がお酒と睡眠薬を飲んで、お風呂で眠ったまま溺れ死ぬのを、僕が最後まで確認してから帰る、って手筈を決めて。

彼女、その日はほんとに楽しそうだった。
いつも泣きそうな顔しか見たことなかったから、あ、こんな風に笑えたんだなって思ったよ。
コンビニでリキュール買いながら、ごめんね、最後までつき合わせちゃって。これ貰って、ってアクアマリンの指輪くれた。
それから彼女の家に行って、部屋を綺麗に掃除して、まあワンルームだしそんなに物もなかったんだけどね。
で、お酒を酌み交わして。
その子はお酒と一緒に薬飲んで、精神科で処方されてた薬とか市販の薬、合わせて60錠くらいかな。

浴槽の中で眠りに落ちていく彼女の顔が、すごく幸せそうだったから、なんか羨ましくなってきて。
そうだ、彼女は確実に死にたいって言ってたじゃないか。
じゃあ、喉を切り裂いてあげたらもっと確実なんじゃないのか?
そんなことが頭に浮かんだら、もうそのことしか考えられなくなって。
気付いたら右手に剃刀を持って、左手で彼女の頭を掴んで仰向けてた。

剃刀で喉を切り裂いた時の感触、最高だった。背筋がゾクゾクしたよ。
きっと一生忘れられないだろうな」

カレの目の縁が、赤くなっている。
そんなの許せない。
一生忘れられないのは、わたしの時だけでいいのに!

「ナイフ、どこ?」

「え……」

「ねえ、わたしの身体で切りたいところ、無いの?」

「そんな、急に言われても」

困惑したカレの眼差しからはいつもの鋭さが消えて、潤んだようになっている。
カレの目を、わたしだけに向けさせたい。

「お願い、喉とは言わないから。
じゃあ、目は?
ほら、カッターで刺したら、きっと気持ちいいよ。
透夜が、わたしの目の代わりになってくれればいいんだし」

「やめて、そんなこと言われたら理性が飛びそう」

わたしは、そうなって欲しいんだけど。

「散歩、行ってくる。頭冷やしたい」

カレはわたしから目を逸らすと、上着を羽織ってそそくさと部屋を出て行った。
どうして。どうしてわたしからは逃げるの。
めちゃくちゃに壊して欲しいのに。
行き場を無くした感情が、ぐるぐるしてる。

今夜も、冷たい刃のような月光が、窓から差し込んでいる。
あとどれだけ月が満ちて欠けたら、わたしは完全にカレのものになれるんだろう。

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