タイのビーチはほっといてくれない①

今から20年前、私は母とタイのビーチにいた。記念すべき初めての母と二人旅だ。お互い人見知りかつ場所見知りなのに、安さが魅力のマイナーな個人向け旅行会社を選んでしまったのは私のミスであるけれど、そもそも、ヨーロッパとか京都の古き美しさが好みであるおとなしい母親を、どうして微笑と喧噪の国、タイに連れて行ってしまったのか。

私は、大学でアジア経済学のゼミを専攻していて、そこには中国や台湾からの留学生が当たり前のように座っていた。また、日本人のゼミ生も長期休暇に入ると、アジアに貧乏旅行をする子が多かった。「地球の歩き方」を無造作に手にする姿はかっこよく見えたし、なによりも1人で、というのが箱入り娘の私にはとてつもない輝きを放っていた。

「外国に1人で行ってみたい」おそるおそる両親に打ち明けても、当然のことながら答えは「NO」。彼らにとって、外国に娘を送り出すことは、行方不明になったあげく恐ろしい結末を迎えてしまうホラー映画と同じくらいクレイジーなのだ。本当に過保護な親だ。少しぐらいかわいい娘に刺激ある人生経験をさせてもよいではないか。と思うと同時に、心のどこかではほっとしている自分に気づいて心底嫌になった。やっぱり、怖いのだ。安全地帯から離れて見知らぬ土地に放り出されるなんて、今の私には絶対無理だ。親に嘘をついてまで海外に1人で行く友達もいたけれど、そんな度胸をちょっとでもいいから分けてほしい。しかし、ここであきらめてはいけない。1人がだめなら、家族を連れて行くまでだ。それも、家族旅行では絶対に選択しないような排他的なエリアへ行こう、というのが、母と旅に出るに至ったいきさつである。

②へつづく


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