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『春と私の小さな宇宙』 その21

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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機関では一か月に一度、研究成果の集合会議がある。

その日に限り、機関の全研究員が集まる。その間、実験体のハルとミハエルは別々の部屋で待機していた。

ハルは実験室の扉にある電子錠に近づくと、暗証番号を打ち込む。研究員が打ち込む指の動作を記憶しているので容易に出られた。

今まで大人しく実験を受けていたのは抵抗する気がない、と思わせて油断を誘うためだ。もし反抗を企て、脱走しようとしていたら出入り口の警備は厳重になっていただろう。

廊下を静かに歩く。しばらく歩くとハルは足を止めた。目的の場所に着いたのだ。

「やあ」

その声でハルの胸は一瞬ドキリとした。いつの間にかミハエルが背後にいた。気配を消すのがうまいようでハルでさえ気付けなかった。彼も当然、暗証番号を記憶していた。

「ここがウイルスの保管場所かあ。本当に中に入れるの?」

たどり着いたのは実験で使うウイルスの研究室だった、その部屋に多種多様の病原菌が保管されている。ドアは厳重に認証システムで施錠されていた。

「ええ、問題ないわ。見てなくてもわかる」

ミハエルは心配そうにハルを見る。その視線を受けながらハルは手慣れた動作で暗証番号を打ち込む。ドアにかかっていたロックは即座に解除された。

「さすが。でも、よく番号がわかったね」

「指紋よ。前に家へ帰った時、奥歯の中にに特殊な粉を仕込んでおいたの。それから集合会議の時に画面をふき取って、防護服にその粉をつけておいた。そうすれば粉の付いたところが正解の番号になる。押した順番も粉の濃さでわかるわ」

特殊な粉とは蛍光粉と呼ばれ、通常では視認できず、紫外線に反応して光る性質を持っている。普通はブラックライトを使うが、ハルならば画面に付着した微量の粉を視認できる。

ウイルスの保管庫に入るには防護服を着る決まりになっている。そこに目をつけたハルは蛍光粉をあらかじめ防護服の指の部分につけておいた。

あとは中に入る者が防護服を着て、粉の付いた指先で画面を押せば、暗証番号の軌跡が残るというわけだ。

易々と保管室に入ったハルは素早くウイルスの棚を確認し、迷わずそのうちの一つを持ち出した。小さな試験管に凶悪なウイルスが入っている。

「行きましょう。時間が無いわ」

「大丈夫? 周りに感染したら大変だよ。それに最悪、死んで・・・」

「安心しなさい。感染力も殺傷能力も低いウイルスにしたから、足を止めるだけよ」

勿論、ウソである。 選んだのは、ハルが知る中で最も致死率が高いものだった。効力は自身の身体で確認済みである。

第二世代が第三世代の私を実験するなど万死に値する。

ハルは自分より下の人間に扱わ れるのが、なにより許せなかった。

「よく種類がわかったね。詳しいの?」

「・・・私の父親が医者だったの。本棚にあった医学書にウイルスに関する本があったのよ」

「へえ、ハルのお父さんはお医者さんなのかあ。あれ? 『だった』って?」

しまった。口が滑った。ハルは真実を混ぜて誤魔化す。

「今は医者を辞めているわ。いろいろあったみたい」

「そうか・・・大変だね」

ミハエルは気の毒そうにして、話題を変えた。

「ここを抜け出したらボクは宇宙飛行士になりたいなあ」

「宇宙に行きたいの?」

「うん! だって宇宙は無限に広がっているって言われているんだよ。それが本当か宇宙 の果てまで行って確かめたいな」

「そう、私はこの世界をより良くしたいわ」

「いい夢だね。こんな目に遭ったんだ。きっと神様も応援してくれるよ!」

「そうね・・・」

神などいるわけがない。ハルは、その考えだけは共感できなかった。

会議室に到着する。扉の奥で研究発表の音響が聞こえる。扉はただのドアノブで施錠は されていなかった。

「いいわね? この扉を閉めたらすぐここを出るわよ」

「わかった。それしか方法はなさそうだ」

「いくわよ!」

いらないものは処分するのみ。ハルは会議室の扉を勢いよく開けた。それに驚いた研究員たちは後ろを振り向き、いきなり侵入してきた少女を見て愕然とする。

我に返った研究員の一人が声を上げようとした瞬間、ハルは試験管を床に叩きつけた。

試験管が割れ、凶悪なウイルスが解き放たれる。あっけにとられた研究者一同は思わず動きが固まる。実験体の少女を追いかける間もなく、扉は閉まった。

二人は予定通り扉が閉まると同時に出口へ走った。人体実験の呪縛から解放された第一歩だった。

その数秒後、背後の会議室から断末魔が聞こえた。


続く…


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