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『僕と私の殺人日記』 その12

※ホラー系です。
※欝・死などの表現が含まれます。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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ユウくんは靴を脱いで、土間を上がり、台所のとなりにある板の間でお茶を飲んでいた。 おばあさんが出してくれたものだ。緑茶だったので、わたしには苦くてあまり飲みたくなかった。

おばあさんは晩ごはんの支度をしている。ユウくんは暇なのかそれをじっと眺めていた。 ナイフはポケットの中に入っている。入れ替わった時、とっさにユウくんが隠してくれたのだ。

大人しく座っていると、高く細々しい音が耳元で聞こえた。夏と一緒に現れるあいつだ。 視界に、黒く小さな生物が飛んでいるのが見える。蚊だ。いつも血を吸ってかゆくさせる憎ったらしいやつ。寝ている時に枕元に来ては、あの不快な音を聞かせて眠らしてくれない。

近寄る蚊に、ユウくんも鬱陶しそうにしていた。パン。両手が蚊を狙って叩く。気弱なユウくんもさすがにむかついたようだ。しかし、何度叩いても蚊には当たらなかった。おちょくるように蚊はそばを飛び回る。 絶対に叩き潰してやる。 ユウくんはそう決意して、あっちこっちに動く蚊へ狙いを定める。そして、目の前に近 づいたその瞬間、突き出していた両手を素早く閉じて、夏の宿敵を叩き潰した。

両手を開くと、平らになった蚊が模様のようにくっついていた。もう片方の手には小さな黒い跡が ついている。

途端に、あの変な感覚がした。
今度は逆だ。離れていた心が身体に戻っていく。勝手に動いていた身体が、確かに自分の意思で動く。

また、入れ替わったようだった。意味がわからない。わたしの心はどうなってしまったのだろう。不安でいっぱいだった。

ポケットに入っていたナイフを取り出す。バカなわたしがいろいろ考えても仕方ないの だ。今するべきことに集中しよう。

「おじいさん、遅いわねえ」

おばあさんがつぶやきながら、かまどに薪をくべている。しゃがみこんで筒で息を吹き込んでいた。絶好のチャンスだった。 今度は同じ間違いはしない。わたしはしっかり柄から刃を取り出す。 未だおばあさんは背を向けている。音を立てないように裸足で地面に下りる。緊張で火照った足裏がひんやりして冷たい。逆手持ちにして近づく。火を見ているせいか、真後ろに立っていてもおばあさんはまるで気がついていない。

カメの時のように柄を両手で握っ て、思い切り振り下ろした。 おばあさんの身体が固まった。やがて顔を振り向こうとしたが、わたしを見る前に倒れた。おばあさんの背中に生えている黒い柄が、ブリキ人形についているぜんまいに見えた。 ぜんまいが切れたから動かなくなったのではと一瞬、本気で考えてしまう。

背中から血が流れているのを見て、わたしは我に戻った。これは確かに人間だったのだと実感が湧いた。 刺さったナイフを抜くとドバドバ血が流れてきた。垂れる血が地面に吸い込まれて黒く、 色を変える。窓から注がれる夕日の光が赤黒い液体を鮮やかに染めていた。

また、感覚が身体から遠ざかる。ユウくんと入れ替わったのだ。死んだおばあさんを見て、身体を振るわせている。

わたしはうれしかった。震えるほどユウくんが感動している。 わたしはちゃんと、ユウくんが作ってくれたチャンスに応えたのだ。

なんで?
なんでやさしくしてもらったのに殺すの?

なぜかユウくんは悲しそうに、そんなことを思っていた。
きれいに殺せたのにどうして悲しんでいるんだろう。わたしは残念な気持ちになった。

「おい、どうした! ばあさん!」

背後から声がした。どうやらおじいさんが帰ってきたようだ。倒れたおばあさんを見て驚いている。力なく寄ってきて、ユウくんの後ろに立った。

「これは・・・あの時と・・・」

おじいさんがつぶやく。
何を言っているのかわからなかったが、おじいさんは突っ立って、呆然としていた。


続く…


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