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『春と私の小さな宇宙』 その34

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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アキの声が聞こえた。

あの外道、どの面下げて帰ってきたんだ?

アキの目には大粒の涙が流れていた。確か涙は、罪悪感を覚えた時に出る現象だと記憶している。少なくとも、 ハルを置いて行ったことを悪く感じていたようだ。

ハルはアキを許した。あまり気にしていないみたいだ。だからと言って私は許さない。 ハルはなぜか、アキに甘いところがあるのだ。私が厳しくしなければならない。

外に出られたら覚悟しろよ、アキ!

しばらくして、ハルとミハエルは会話を再開した。今度はテレパシーではなく、声だった。しかも、外国の言葉だった。私にとって未知の言語だ。 しかし、すんなり話の内容が頭に入ってきた。

ハルの思考が送られてきたからだ。ハルがロシア語を日本語に脳内再生して私に伝達している。

よほど、ミハエルの話について考えているのだろう。ほぼすべての会話を聞くことができた。

議題は「宇宙」についてだった。私の知識では、宇宙とは私たちの住んでいる「地球」 という星の外側にある空間だ。

宇宙は真っ暗で無限に広がっている。それに幾つもの星や命が存在し漂っているのだ。

なんだか、いまの私と似ていると思った。星が私でこの漆黒の世界が宇宙。広くは無いけど、その宇宙の中に私はいる。

ミハエルの話だと宇宙は無から生まれたらしい。無は何もない空間らしいのだ。

何もない。それはゼロだ。ハルがユウスケに教えていた。何度かけてもゼロはゼロ。何も生まれない。なのに、ミハエルは何を言っているんだろう。

話を集中して聞いた。すると、ミハエルの仮説は衝撃的なものだった。

何も無い、『無』という存在が宇宙をつくったというのだ。しかも、私たちどころか宇宙そのものが『無』の想像であり、感じているすべてが錯覚であるというではないか。

つまり、私は生きていると、実在していると、勘違いしていた?

無限の宇宙は無と変わらない?
無限が無で、無が無限?

私には耐えがたい仮説だった。

そんな……ウソだ!

私は確かに生きている!

ハルと一緒に生きているんだ!

でたらめだ!

想像を止めただけでハルとの世界が消える世界があってたまるか!

変な話をハルに吹き込むな!


私は強く念じて訴えたが、まるで彼に届いていなかった。 話が終わると、ミハエルはそのままどこかに行ってしまった。

それと同時に映像が消え、 ハルの姿が消えた。残念だった。

ハルは随分、思い詰めているようだった。信号から伝わってくる。

大丈夫だよ。ハル。私の宇宙はハルのつくってくれた宇宙だよ。 ちゃんとあなたのおなかに中にあるよ。

私はその宇宙で生きているからね。

だから、いつも一緒だよ。





神社の騒動から翌日。

何事もなくハルはバスで大学に向かっていた。市営バスはいつものルートを進む。窓の外をハルはただ見ていた。

ハルの頭には昨日の出来事が浮かんでい た。 彼の推理は当たっていた。質問にも正直に答えた。それなのになぜ、あそこまで不機嫌だったのか。様子が少しおかしかった。

少し前に会ったときはそんなそぶりは見せなかったのに。

ハルの脳内に、彼の言葉が再び浮かぶ。

『君はまだ気付いていないんだね。残酷なことだ・・・』

私が何に気付いていないと言うのだ。理解不能だ。ハルは結局、ミハエルが何を言いたかったのかわからなかった。

T大に到着すると、アキが校門の前で待っていた。朝練を終えたばかりなのか、うなじにまだ汗が残っている。

二人揃って校舎に向かった。二月の中旬になり、寒さは少し和らいだが、それでもコ ンクリートは冷えて氷のようだった。

広場まで来ると、校舎の前に設置されている大きな噴水が学生たちを出迎えていた。勢いよく吹き出す水が太陽光を反射し、輝きを放ちながら流れて溜まる。深い底にわずかな闇が沈んでいた。

ハルはこの噴水が邪魔だといつも思う。噴水は広場の中央、ちょうど校舎の入り口前に あるため、直線距離での通行が不可能だった。

通るには円周に沿って迂回する必要がある。 本来ならば五秒で通れる道が十秒かかってしまうのだ。

それは、五秒のロスになる。仮に一か月に二十日、通学する前提で計算すると、行き帰り合わせて十秒として、一か月で二百秒、一年に換算すれば二千四百秒、つまり、年間で 四十分のロスにつながることを意味していた。

ハルの優秀な頭脳ならば、論文の一つ、余裕で完成させられる時間である。 ハルは迂回するたび、無駄に水を流す物体を壊してしまいたいと考えていた。

恐らく、 無理だと言われるだろうが、大学に噴水の撤去を要請しようかと頭を悩ませるばかりだった。


続く…


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