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16時27分の痛み

※本作は、実際に起きた事件から着想を得て書きました。その時の状況を連想させる描写がありますので、苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。

加害者を擁護する表現が見受けられる可能性がございますが、筆者にその意図は一切ございませんことを、予めご了承くださいませ。





「い゛でっ…!!!」
俺は咄嗟に腰をさすりながら、腕時計を見た。

「やっぱり16時27分……。もう…なんだってんだよ…」
出版社から帰ってきて、喫煙所の椅子に腰掛けた時に、その痛みはやってきた。

「イラついてんな〜。なんだ、ギックリか?」

体の痛みを訴える俺を見て、同期のナガモトは吸い込んだ煙を吐きながら尋ねてきた。

「違うよ。毎日、この時間になると体がすげぇ痛くなるんだよ。一瞬だけだけどな」
「“この時間になると痛い”ってなんだよ」
間髪入れずにナガモトは聞く。

「わかんねぇ。この時間、16時27分になると全身…いや、主に腰と上半身、あと頭が揺さぶられるように痛むんだよ」
「なんで?」
「こっちが聞きてぇよ」

この痛みは、約3ヶ月ほど前から続いていた。毎日同じ時間に同じ場所が痛くなる。
原因は全くわからない。ネットで調べても、そんな症状は一つもヒットしなかった。

持続的な痛みではなく、一瞬の痛みなので医者に行こうにもどう説明すればいいのかわからない。故に3ヶ月この痛みを放置していた。

「お、タッちゃん。おつかれ~」
「お疲れ様~。サカタ、どうしたの?」
「お疲れ、タナカ。いや、なんか体の調子がおかしくってよ……」

やたら図体のでかい男が入り、余計喫煙所は狭くなった。
タナカは中途採用で入った奴で、俺達より数歳年上だが年上面しない気の良い男だ。
タナカとナガモトとは同じ部署のなので、2人は特に仲が良い。

「どうしたの?サカタ調子悪いの?」

先ほどナガモトに話した説明をタナカにもした。彼はお人よしな性格なので、俺の不調を真剣に聞いてくれた。

「同じ時間、ってのが不思議だね」
「ただの気のせいなんじゃねぇの。体の不調を感じたら、たまたま同じ時間帯だってだけで」

ナガモトは冷静に返答した。俺もそうだと思う。しかし、こんな偶然しょっちゅうあるものだろうか。

タナカも煙草を取り出して咥え、火をつけながら話した。
その表情はなぜか少し微笑みを蓄えていた。

「それさ、超常現象の一種なんじゃないのか?
昔読んだオカルト雑誌に似たような記事があった。アメリカかどっかの国で、「毎日同じ時間に腹痛がする」と訴える少年が、数年後に強盗に全く同じ箇所を刺された。って記事。他にも、イギリスでも似たような事件があった。サカタもそれなんじゃないか」

ナガモトと俺は呆れたようにタナカの説に反論の意を示した。

「そんなわけねえだろ。もしその超常現象が俺に起きてたとしたら、なんで、どんな理由で起きてんだよ」

「ありえねぇって。じゃあなんだ、腰とか上半身とか一気に痛める状況って。これだからオカルトオタクは」

ナガモトはカラカラ笑いながら二本目の煙草を咥えた。

「本気で心配してくれんのは嬉しいけどよ、やっぱありえねぇって」

笑われて不貞腐れてしまったタナカの背中を、俺は軽く叩いた。

大したことない話に付き合って笑ったりするこの状況が、俺は何より居心地がよかった。

ピリリリリリ…。

楽しい空間をぶち壊すように、俺の社用PHSが鳴った。

「もしもし、お疲れ様です、サカタです」
「サカタ、お前今どこだ!!」

耳の奥がキーンと痛む課長の怒鳴り声に、俺は持っているPHSを耳から離した。
スピーカーモードでなくても課長の声はよく聞こえる。

「今社用車返したところなんで、すぐ戻ります」

ガチャリ、とひと際大きい音をたてられて電話が切れた。

俺は胸ポケットにPHSを戻そうとした瞬間、心臓がズキンと痛む感覚を覚えた。
心臓の鼓動とともに、ズキズキと痛む。

胸を押さえて渋い顔をする俺を見て、再び大丈夫か?とナガモトは聞いた。

「あぁ……、この心臓の痛みの原因はストレスだな。課長の怒鳴り声聞くたびにズキズキ痛みやがる」

タナカも心配そうに大丈夫か?と聞いてきた。

「病院行けよ。心臓が痛いのって、症状としてマジでヤバイやつだろ」
「あぁ…わかってる。本当、嫌な上司だぜ」

ナガモトはため息交じりに煙を吐いて俺に言った。

「そんなに嫌なら、転職しちまった方が身のためだぞ」
「それもわかってる。でも俺、この仕事好きなんだよ。上司が嫌ってだけで」

俺達もさぁ…とナガモトは続けた。
「DPP部の係長が大っ嫌いでよ。指示だけは出す癖に、残業しなきゃ終えられない量を毎日持ってきやがる。俺は定時までに終わらせられっけど、後輩はそうはいかなくて、俺が手伝ってやってやっと…な状態でよ。係長みてえなやつと一緒に働いてる自分が嫌になるけど、そんな嫌な奴と働いてる俺って、まだそのレベルなんだな、って思うんだよ」

あえて自分の能力のせいだとするナガモト考え方が、俺には理解できなかった。

しかし彼の発言には一理ある。自分の周囲というものは、自分自身を映す鏡だと誰かが言っていた。
自分の理想に合った職場と仕事内容に、俺はまだ到達できてないのかもしれない。

ズキンッ

「いててて……。でも今は率直に上司が嫌いだ。この仕事は好きなんだよ…」

俺は自分自身の体の痛みと課長に腹が立って地団駄を踏んだ。
子どもの頃から、腹が立つと右足で地面を踏みつけるように足を動かす癖があった。

「そろそろ俺らは戻るわ。今日も定時で帰りてえし」
ナガモトは短くなった煙草を灰皿に捨てた。

次いでタナカも立ち上がる。

「サカタ、自分の体大事にしろよ。心臓もだけど。16時27分のやつも」

少し目を輝かせて言うタナカに、俺はうっせーよ、と悪態をついた。

2人は喫煙所から出ていき、俺一人になった。

煙草を吸わないくせに居心地がいいからここにいる。しかし今は一人。残された煙と一緒に深呼吸をして空気を吸い込み、軽く咳払いをした。



俺は新卒でこの会社に就職した。それからもう3年も経った。
そろそろ転職時かと思うこともあるが、次の仕事が決まるまで明確な計画もない。

それにうちは歴史ある大手企業。その業界では5本の指に入るレベルの大企業だ。福利厚生もいい。

俺はその営業部、ユアマガジン社の情報誌を受け持っている。
「ユアマガジン」は関東情報誌として人気の雑誌だ。老若男女からの熱い支持を受け、我が印刷会社では1位2位を争う売り上げ率の高い案件だ。

しかし俺の悩みの種はそんなんじゃない。

「おい、サカタ。一体どこで油売ってた」

「ユアマガ出版には行ったんだろ?DTP部の担当編集から言われてるんだぞ」

「それが、画像編集の件で表紙モデルと、ユアマガ編集長とでもめ事があって。画像はまだもらえてないんすよ」

実際そうだった。表紙モデルだけでなく、掲載する飲食店から写真や記事文章に苦情が出ると、リライトをくらう。そのせいでこちらに文章や画像が届くのは出版社の都合で遅くなってしまうことが多いのだ。

「こっちは後がつかえてんだ。他の仕事もせにゃならんし、頭を下げてでも、交渉してもらってくるのが当たり前だろ!何年この仕事しているんだ!!」

DTPから叱られんのは俺だけじゃねえんだぞ。
と課長は悪態をついた。

そんなことは言われなくてもわかっている。

俺を怒鳴る課長の声が営業部のオフィスに響く。
周囲の人間は見て見ぬふりだ。下手に声をかけて、どんな目に遭うか。安易に想像できるからだ。

周りの視線が痛い中、俺は自分のデスクへと戻った。

今度は俺の一つ下の後輩が呼ばれていった。営業成績に関して課長は怒鳴っている。

俺自身も先ほどの周囲と同じ目で後輩を見ている。

言われてみればナガモトの言うとおりだ。
(『そんな嫌な奴と働いてる俺って、まだそのレベルなんだな』)
ナガモトの発言を脳内で反芻した。

俺の周囲も、俺も、自分のレベルを映す鏡なのだ。
気付くとまた俺は地団駄を踏んだ。

 

数日後、ようやく今月号の納品前日までに漕ぎつけた。
毎月出版社と、DPP編集部を行ったり来たりで、ようやく一つの本が完成する。
この一冊を手にできた時の満足感は計り知れない。

俺は次号の打ち合わせのため、ユアマガジン社へと向かった。
社用車キーを受付で受け取り、駐車場へと向かう。
鍵を開け、カバンを助手席に投げ込み、シートに座った。シートベルトを締め、エンジンをかける。

俺の頭の中は、次号は何特集なのだろうか?それだけだった。

打ち合わせを終え、時計を見ると16時15分を指していた。
「ゲッ…、もうそんな時間か」

俺は慌てて車に乗り込み、エンジンをかけた。
会社までの道をいつも通り走りながら、「いつものあの痛みが襲ってきたら嫌だな」そんなことを考えていた。

一瞬の痛みとはいえ、運転中に起こると厄介だ。しかし帰りが遅いともっと厄介なことになる。

俺を少し車のそんな嫌な奴と働いてる俺って、まだそのレベルなんだなスピードを上げた。

ピリリリリリ…。

胸ポケットのPHSが鳴った。
それと同時に心臓がまたズキンと痛んだ。
電話に出ると、案の定課長だった。しかしいつもより様子がおかしい。

いつもより焦ったような、息切れをしながら俺を怒鳴っている。
「一体どうしてくれる?!」
「何があったんですか」
「間違えてたんだよ、バーコードが!!」

俺は咄嗟にえっ?と聞き返した。

「間違っていたんだ。お前が最終チェックしたバーコード、1桁数字が間違えていて、これじゃあ販売ができない。全部数、刷り直しだ」
「そんなっ…」

確かにバーコードチェックは俺が最終チェックする。しかし役職者のチェック、つまり課長の二重最終チェックが必要だ。

「二重チェックは課長がしてくだっさったのでは?」

受話器越しに少しうろたえたような、詰まった声が聞こえた。

「そんなの俺が止める前に、お前やDPPの連中で止められるはずだろ」

まさか、と思った。
「課長、チェックしてくださらなかったんですか?!」

「何人もチェックしているんだ。お前が止められて当然だろ!」

言っていることが無茶苦茶だ。
本来するルールを抜かして激怒している。理不尽すぎる。

「さっきご連絡したら、先方はカンカンだった。シール貼り対応します、と言ってもうち持ちで刷り直せと仰せだ。どうしてくれるんだ。損金が……一体いくらになると思ってる!!」

数千万円はくだらない…、と課長はもう怒鳴るのも諦めて、かすれた声でつぶやいた。
とりあえず俺は先方に謝罪するのが最優先だと考えた。

「すみません、今から先方の方へ戻って頭下げに行きます」
「バカ、やめとけ!今行ったら余計お怒りだ。まったく…お前さえチェックをちゃんとしていればこんなことには……」

二重チェックを怠ったのはアンタだろ…という言葉を我慢して、俺は謝り続けた。

「大体、お前が担当責任者なんだから、俺の最終チェックなんて不要のはずだ」

ズキン…

「普段からボケっとして、仕事に集中してない証拠だ」

ズキン…

「損金はどうしてくれる。お前がなんとかできるのか」

ズキン…

俺の心臓の痛みは、鼓動とともにどんどん痛くなっていく。

これから会社に戻ってどうしようか。
そのことで頭がいっぱいになり、目の前がどんどん暗くなっていった。

しかしそれと同時に怒りもふつふつとこみ上げてきた。
自分がルール通りせず怠ったことを、俺や他の連中になすりつけて、ミスを全て俺たちに被せようとしている。

俺は無意識的に、いつもの癖で地団駄を踏んだ。
右足でガンッと踏み込むと、一定のスピードで走っていた車が急に猛スピードを出した。
その瞬間、体全身が後ろの方へとドンッと勢いよく押されたような感覚に陥った。

(しまった。地団駄を踏んだ時、誤ってアクセルを踏み込んだのか?!)

俺は慌ててブレーキを踏もうとした。
しかし何故か足が動かなくなっていた。硬くアクセルペダルを踏み込んでいる。動かさなければ。ブレーキペダルを踏まなければ。頭ではわかっているのにできない。

ふと前を見ると、信号はとっくに赤に変わっていた。



「きゃああああああ!!!」
「痛いよう…!助けてぇ…、痛いようぅぅぅ!!」
「たか子ちゃん、血が出てるよぉ!!」
「みんな目を開けて!!」

小さい子どもの叫び声で俺は目を醒ました。
車はガードレールを突き破って止まったようだ。

俺の全身はエアバッグで覆われており、目の前で何が起きているのかよくわからなかった。

俺は朦朧とする意識の中で、腕時計を確認した。針は16時27分を指している。

飛び出したエアバックと、ガードレールに突っ込んだ衝撃で、上半身と腰……いつも俺が感じていた“痛み”と同じ部分が、熱を持ってジンジンと痛む。

体が一つも動かせない状態で、俺の意識はどんどん遠のいていった。
小さい子ども達のなき声や悲鳴が耳の奥まで響く。
全身はとても痛いが、

さっきまでズキズキと痛んでいた心臓の痛みはスッキリと無くなっていた。


***


数ヶ月後、俺は病院を退院し、そのまま刑務所へと連れて行かれた。

あの日の俺は、アクセルペダルをグッと踏み込んだ結果、ガードレールを突き破って、下校途中の小学生の列に突っ込んだと聞かされた。

「サカタさん、会社でのパワハラによる精神耗弱を理由に、運転を誤ったと言いましょう。それなら、情状酌量の余地があります。」

面会にやってきた弁護士は、プラスチックの仕切りを前に、そう言って慰めた。

「無理ですよ、先生。俺は死刑になるべきなんです」

パワハラ?精神耗弱?そんなものが正当な理由になるはずがない。

それにあの時の、あの胸のスッキリとした爽快感。あれは紛れもない爽快感だった。

俺は、なんの罪もない人間の命を奪ったのだ。

「諦めないでください!実際にパワハラがあったのは事実。タナカさんもナガモトさんも、そう証言してくれると言ってくれました」

噛みすぎて指の爪先はボロボロだ。細くなった指を4本立てて、それを弁護士に向けた。
「4人ですよ。4人。俺は4人もの子どもを殺してしまった。しかも重軽傷者は3人。意識不明は2人。絶対に許されない。……俺は、死ぬ運命にあるんですよ」


それには明確な理由があった。

刑務所に入った日からだ。午前10時ピッタリになると、俺の首に激痛が走るようになった。

硬いロープのような物に締め付けられて、首の骨が折れるような、そんな痛みが。



end.

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