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もし、私が私だったら。

「もし、私が私だったら。」

ふと、女の子は呟いた。

僕は「なぜそんなことを言うの?」

と聞いてみた。

場所は東京の新宿、歌舞伎町。時刻は既に深夜一時を超えていた。

胸元にキスマーク、右の二の腕から手の先までの龍に鮮やかなチグリジアの花、全身に彫られていたそのtattooは妙に美しく感じた。

年齢は十九、二十歳と言ったところか。

彼女は泣いていた。

何故かその子が気になってしょうがない。

「ねぇ、どうしたの?」

気がついたらそう声をかけていた。

彼女はうつむいて泣いている。

「具合でも悪いの?」

そういうと、彼女は首を横に振った。

そして、動かなくなった。

僕は、そっと彼女の横へ行き腰を下ろす。

五分間に及ぶ沈黙の中で、頭に走ってくる思考の数々。

ポケットからタバコとライターを取り出し、一本くわえた。

キラキラ点滅しているこの街ももそろそろ眠りつつある。

タバコ一本吸い終える前、彼女はおもむろに口を開いた。

「もし、私が私だったら。」

「ん?」

「もし、私が私だったら…。どんな人生だったんだろ。」

彼女は地面を眺めてそう言った。

「どういう意味?」

「私が私として生きてられたら…。」

ずっと同じことを繰り返す。

「苦しいの…。分からないの…。なんで生きてるのか。」

自分は誰なのか?なんの為に生きてるのかそう僕に問立てた。

「私ね…。本当は可愛いものが好きなの。フリフリのスカートを本当は履きたいし、髪の毛は長いのが好き。戦隊モノオタクで、頭だって良くて…。」

「うん。」

小さく頷いた。

「誰も認めてくれなかった…。親も友達も…。社会だって。だからこうやって化粧をして生きてるの…。」

彼女は泣きながら僕に訴えてきた。その一言一言に確かな重みがあり、その小さな身体では耐えきれないほどの痛みを抱えていたのだ。

「おじさん…。助けて欲しいの。私をさらって。」

僕の目をしっかりと見つめながら言った。彼女の言うことに偽りはない。

「僕はね。残念ながら君の力にはなれない。だけど、話だけは聞いてあげられるよ。」

彼女の頭にそっと僕の大きな手をのせる。

彼女は静かに体育座りをした。

「私ね…。虐待を受けてたの…。」

彼女は中学生の時、再婚した親に酒を飲んでは酷く殴られていたらしい。話したところで、先生はまともに取り合ってはくれなかった。

「私元々、根暗だったの…。友達はあまり居なかった。お人形と喋ってた。だから頼れる人なんていなくて。」

「殴られてついた傷をえぐるようにその上からカッターをあてた。それだけが私の救いだったの。」

話が生々しい。惨い。怒りすら湧き上がってくる。まるで僕の記憶の1部なのかと錯覚するくらい、鮮明に映像が見える。

「変なこと聞くけど、その、『それ』はどうしたの?」

「ごめん、答えたくなかったらいいんだ。」

目と指で自分の腕を撫でる

「これ…。十五になってやっと家を出れた時に、母親にカッターの傷は隠しなさいって…。」

「最初は傷を隠すためだったけど、もう入れ続けないと壊れちゃうの。」

「そっか。」

何も言えることは無い。優しい言葉をかけた所で、彼女人生に簡単に干渉していい理由にはならないからだ。

僕にできることはただ、それを聞いてあげることだけ。

「…ごめん。」

「いいよ。気にしなくて。」

彼女は変な顔で笑った。

これからホテルに泊まるという。

彼女の手に一万円を握らせて別れを告げた。

彼女は何も言わずに頭を下げる。

「もし、私が私だったら…。」

再びそう言い残し、迎えに来た男と闇に消えた。

彼女やっぱり綺麗だった。



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