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午前一時が愛おしくなる本

ゴールデンウィークとは名ばかりで、全然輝いていない。昨年に引き続き、緊急事態宣言発令中の連休である。仕方ない。太陽のように輝けないなら、静かに月のように光を受けよう。どこかで聞いたようなセリフだが、気のせいとして、今日は一冊の本をご紹介。本の世界では、思いきり、東京を味わおう。これまでの東京へ思いを馳せ、これからの東京を祈りつつ。

『おやすみ、東京』吉田篤弘(ハルキ文庫)

これは、東京のそれぞれの場所で、それぞれの人が迎える午前一時の出来事が綴られた連作短編集だ。物語ごとに中心となる人物が描かれているが、その人物に関わった誰かが、別の物語の主人公として描かれたり、ある人の探している人物が、偶然その人の知り合いと知り合ったりなど、読めば読むほど、人と人との不思議な縁を感じずにはいられなくなる。東京という大都会でありながら、世界はこんなにも狭く、濃密だったのだと知る。

登場するのは、夜の底を走るタクシー運転手や、映画会社で小道具探しをする調達屋、年に一度活動するびわ泥棒など、少し風変わりかもしれないものの、けっして特別ではない、ただの人たち。でも、そんな人たちが抱える、人に言えない悩みや、密かな夢などが、きらりと輝く瞬間が訪れる。それが、午前一時という夜だ。

どの物語も、静けさに包まれている。体の芯が澄み切ったような静寂や、震えるような沈黙が、登場人物を輝かせているように思えてならない。午前一時の物語を読み進めていくうちに、その一瞬の輝きが永遠の夢であるかのように陶酔している自分に気づく。

美しいものばかりではない、寂しい現実も夜に紛れる。奇跡のような偶然も、夜が運んでくるのだ。それが、たくさんの人が息づく東京という舞台なのかもしれない。
タクシー運転手の言葉に、物語の、いや、現実が集約されている。

この街の人々は、自分たちが思っているより、はるかにさまざまな場面で誰かとすれ違っている。
たとえば、ほんの道一本の隔たりで親類縁者や知り合いとすれ違っている可能性がある。気づいていないだけなのだ。

そう、私たちは、たくさんの偶然と奇跡と隣り合わせで生きている。ただ、気づいていないだけで。
すべての夜を読み終えた時、溢れそうになる言葉の高まりと、抱きしめたいほど愛おしい沈黙を感じた。

ひとつの夜に、一話ずつ、そっと読みたい物語だった。


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