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ようこそ笑店街へ【25】医者

医者

 ダテ眼鏡をかけた医師の前に、タンクトップに半ズボン姿の中年男性が座っている。
 男性は自分の二の腕を触りながら訴える。
「先生、最近筋肉が落ちやすくて困るんです。何かいい薬はありませんか?」
 医師は、ふんふんと聞きながら、カルテにさらさらと暗号のような走り書きをした。
「それなら、これを出しておきますね。とりあえず四日分」

 数日後。再び診察室を訪れた男性は、体中にたっぷりとついた肉を揺らし、顔の汗を拭いながら椅子に座った。ギシリ、と椅子が悲鳴を上げる。
息を切らしながら、男性は医師に訴えた。
「騙された。この間処方してもらったこれは何だっ。脂肪じゃないか。俺は筋肉を維持する薬が欲しかったんだ」
 医師はしれっとした口調で応える。
「それならそう言ってくれればよかったんです。筋肉が落ちやすくて困るとおっしゃるので、落ちにくいものを勧めたまでで」
「人の言葉を素直に受け取るなよっ、勘違いでも何でもいいから、とにかくこの脂肪をどうにかしてくれよ」
「ではこちらをお使いください」
 医師は引き出しから手のひらサイズの小箱を取り出した。
「それは……マッチ?」
「はい。脂肪は落ちませんが、燃やすことはできますので……あ、ライターの方がよろしいですか?」
 診察室の窓の外には、深い藪が生い茂っていた。

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